ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「こ、これは、その……、つまり……」
機転の速さが売りなのに、頭の中が真っ白で、何も思いつかない。とりあえず──。
「申し訳ございません!」
額が膝頭にくっつくほどの謝罪にも、相手はうんともすんとも言わない。
裸の謝罪にあきれて返す言葉がないのか、ものも言えぬほど激怒しているのか……。
退くにしたって、後門の狼だ。このまま朝の露と消えてしまいたい。
すごすごと目を上げて──気が抜けた。
壁に飾られたパネルに向かって、必死に頭を下げる間抜けな姿を、他人に見られなくて本当によかった。
しかし美人だ……。
北欧系のハーフなのか、少しウエーブがかかった亜麻色の柔らかなロングヘア、白いワンピースに透ける細く薄青い肢体を、一面の水仙が祝福のコーラスで迎えている。
題名をつけるのなら〈浅春のニンフ〉。
──それにしたって……。
多恵は不思議そうに部屋を見回した。
真っ白い空間にあるのは、この写真パネルだけ。窓もなく、でも納戸にしては広すぎるし、とても清浄な空気に保たれている。
カメラマン、あるいは被写体と、所有者の間に、のっぴきならぬ関係でもあるのだろうか。
いずれにせよ、写真のために部屋を与えるなど、少しイカれているのかもしれない。
──誰が?
──あの男が。
自問自答して、多恵は「うわぁ!」と、突拍子もない声を上げた。
そうだった。そのイカれた男と一夜を共にしたのだ。
そのイカれた男が正気に戻る前に(正気の状態がイカれているのか?)、ともかく脱出しなければ。
手早く身支度を調え、「いざ」とドアを開けたときだった。