ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「おはよう」
口から心臓が飛び出そうになった。
男は肘枕で寝そべって、まだ眠たそうな平和な笑顔を向けている。
青空をバックに何と清々しく目映いことだろう。まるで悪魔祓いのクルスの如く神々しくて、思わず腰が引けてしまった。
「もう、行くんですか?」
「は、はい」
「仕事、がんばって」
「はい、がんばってまいります」
──バカか、私は。
おもちゃの衛兵でもあるまいし、何が〈がんばってまいります〉だ。まるで喜劇だ。
多恵は打ちひしがれた思いで踵を返すと、パンプスを爪先に引っかけたまま、脱兎の如く玄関から飛び出した。