ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

2 『何で? 何で? 何で?』

──チェッ!

ダッシュした甲斐もなく、タッチの差でエレベータドアが閉じた。
やはり今日はついてない。

朝から上司のストレス解消にお叱言を散々聞かされ、遅れてランチに入った店はことごとく満席。仕方なくパンを齧っているところに、お喋りに夢中の女子社員にコーヒーをひっかけられた。緊急の呼び出しにもタクシーが捕まらず、乗った車も渋滞に巻き込まれ、得意先まで走ることになった。

そんな余裕がないときに限って、急な接待が入る。何とか駆けつけたけれど、一時間の遅刻だ。

ホール押しボタンを連打したところでエレベータがスピードアップするわけでもないのに、親の敵の如く指で突いている姿を、同伴出勤中のどこぞのママに見咎められて、多恵はその指で黒縁眼鏡を直すふりをした。

フルオーダーのパンツスーツに今季物のパンプスとパイソンバッグ、アクセサリーは一点豪華なブランド時計のみ。薄めのメイクに手入れされたネイルは甘すぎず辛すぎず。
ステンレスドアに映る姿に自己満足して、多恵は指先で手入れ要らずなショートヘアをちょいと梳いた。

「待ちくたびれたぞ~、ユキちゃ〜ん!」

ホールを彩る豪華な生花とクリスタルシャンデリア、スワロフスキーをあしらった壁、バブル期を彷彿とさせるゴージャスなフロアから、上機嫌な声が上がった。

二十席ほどあるボックス席の一つで、両手に花の紳士が、不自然なほど真っ白な歯を見せながら、ご満悦な笑顔で手を挙げている。
< 35 / 154 >

この作品をシェア

pagetop