ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

2 『何で? 何で? 何で?』

──チェッ!

ダッシュした甲斐もなく、タッチの差でエレベータドアが閉じてしまった。
やはり今日はついてない。

朝から上司のストレス解消にお叱言を散々聞かされ、遅れてランチに入った店はことごとく満席。仕方なくパンを齧っているところに、お喋りに夢中の女子社員にコーヒーをひっかけられた。緊急の呼び出しにもタクシーが捕まらず、乗った車も渋滞に巻き込まれ、得意先まで走った。

そんな余裕がないときに限って、急な接待が入る。
何とか駆けつけたけれど、一時間の遅刻だ。

ホール押しボタンを連打したところで、エレベータがスピードアップするわけでもないのに、親の敵の如く指で突いている姿を、同伴出勤中のどこぞのママに見咎められて、多恵はその指で黒縁眼鏡を直すふりをした。

フルオーダーのパンツスーツに、今季物のパンプスとパイソンバッグ、アクセサリーは一点豪華なブランド時計のみ。薄めのメイクに手入れされたネイルは甘すぎず辛すぎず。
ステンレスドアに映る姿に自己満足して、多恵は手入れ要らずなショートヘアを指先でちょいと梳いた。



「待ちくたびれたぞ~! ユキちゃ〜ん!」

バブル時代の亡霊みたいな店のフロアに、上機嫌な声が響く。

天井にはクリスタルのシャンデリア。壁にはスワロフスキーがこれでもかと散りばめられ、生花はやたらと派手。絢爛豪華、というより、もはや〝盛り過ぎ〞。

その一角、ボックス席のひとつで、両手に花の男がご満悦の笑みを浮かべていた。
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