ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「すご~いっ!」

フラワーストーンやラメで飾られた指先をカスタネットのように叩いて、媚びた拍手が起こった。

「さすがユキムラさん! 男前ですぅ〜!」

言いながら、溢れるほど酒を注いでくれる強欲なおつむに、多恵はやれやれと苦笑した。抛っておくと一本うん万円のレゼルヴ・ド・ラヴェイを何本追加されるかしれやしない。

「男前なのは、酒だけじゃないんだぜ」

辰見が得意げに語り出す。

「どこぞのバカがな、ユキちゃんの可愛い顔に騙されて、ちょっと手を出したら──なんと、全治二ヶ月の大ケガを負わされたらしい」

テーブルがどっと沸いた。ずいぶん話が盛られているけど、これも酒肴だ。

辰見センセイはすっかり語りモードに入っている。

「あれ、何だったかな? ユキちゃんの渾名」

「D女ですか?」

横からスッと、夏目が即答する。多恵は苦笑いを浮かべた。

「そうそう、D女! Dカップって意味じゃないぞ?」

辰見が妙に得意気な顔をする。

「ダイヤモンドの女って意味だ。見た目は美しくて輝いてるけど、硬くて、誰にも攻略できない。征服不能、ってわけ」

ホステスたちが「キャー! かっこいい〜!」と歓声を上げる。

「まぁ、ユキちゃんを落とそうと思ったら、強靭な胃袋と肉体、それからかぐや姫に挑んだ貴公子レベルの忍耐力が必要ってこった。そんな根性のある男、世の中にいないけどな!」

「センセイ、ひど~い! ユキムラさんは愛華の憧れなんですよ。美人でお洒落でクールで、そのうえお仕事もできちゃうスーパーウーマンなんですからぁ。男の人に見る目がないんですよぉ」

「酷いのは、庇うふりして優しい自分を売り込もうとするあなたの方なのよ」と、心の中で毒づきながら、多恵は礼儀としての笑顔を返した。

愛華という源氏名のこの娘が、センセイの目下のお気に入りだ。
ぴちぴちの白桃のような肌、若いというのはそれだけで、罪なくらい美しい。

ピンクのシフォンドレスから覗く太ももを、辰見はデレッとした顔で撫で回している。
その手を捻ってやりたい衝動を、多恵は笑顔のまま拳を握って堪えた。

──若い女に鼻毛読まれて喜んでる男もバカだけど、泥酔して素性も知らぬ男と一夜を明かす女は、救いようがない。

己の論に打ちのめされる多恵だった。
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