ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「こんばんわ、お邪魔しますね」

ママの登場に、ぽっかりと座がしらけた。

和服がどこかぎこちないのは、まだ二十代という歳のせいか。いや、韓国旅行から戻るたび変貌する顔のせいか。

多恵のクライアント、高級クラブ〈カメリア〉のオーナーママの娘。
苦労とは縁がなかったのか、水商売の女が一様に背負っている影も野心もなく、どこか緩い。
そのうえ、ゴシップ好きで口が軽いのも危なっかしい。

ママは愛華に耳打ちすると、その場に取って代わった。

「ごめんね、センセイ」と、両手を合わせて残念そうな表情を作りつつ、いそいそと席を移る後ろ姿を、ご機嫌を損ねながらもセンセイの目は追っている。

客入りは三分の二ほど、今どき繁盛している方だろう。
店の一番奥で一際賑わっているボックス席に、スカートを翻して愛華が消えた。

「ずいぶんと景気がいい連中だな。何者だ?」

客は二人なのに、ホステスが四人も群がって、キャッキャと嬌声を上げている。そのうえ愛華まで召し上げられては、面白くないのも当然だ。

こちらも接待なのだから、配慮してくれればいいのにと、客の顔に目をやって、多恵は瞠目した。



──何で? 何で? 何で?

多恵は慌てて顔を戻した。

──うそ、まさか、見間違いだ。こんなところで会うはずがない。

恐る恐る、横目でもう一度確認して、ギョッとした。
男が微笑を向けている。あろうことか軽く頭を下げるではないか。

「知り合い?」

夏目に探るような目で問われ、多恵はぶんぶんと首を振った。

「センセイッ、そろそろ」

多恵は口任せに言った。
センセイは取られたおもちゃに未練があるのか不満そう。
多恵はホステスの肩越しに、センセイに耳打ちした。

「夏目が、ぜひご案内したいお店があるそうです。私はちょっと、ご一緒できませんが」

とたんにスケベ親父の目が甦った。
唐突ではあったけれど、これは夏目とも申し合わせていたことで、頃合いもちょうど良い。

「あら、もう少し、よろしいじゃありませんか」

ママの社交辞令を右から左に流して、辰見は善は急げと立ち上がる。
多恵は、「あとはよろしく」と夏目に目で合図して、隠れるように席を立った。
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