ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
車内には沈黙が続いた。
多恵は、流れる街を眺めるふりをして、車窓に映る男の横顔を盗み見ていた。
この男、いったい何を考えているのだろう。確か連れの男がいたはずだけれど、それを抛って追いかけて来るなんて。
──蕎麦なんて口実に決まってる。恥ずかし気もなく道玄坂なんて、運転手だって世間話の一つもしやしない。味を占めて、またヤレると思ってんのよ。
──バカにして!
女だってアルコールが入れば性欲が疼くこともある。
けれど、たとえ酔っていても、これでいて貞操観念は持っているし、最終ラインを越えるにはそれなりの感情移入が必須で、肌寂しいからと即物的に相手を求めることなどない。──いや、ないと信じていた。確かに……自分にも落ち度はあった。
でも、いい歳をして据え膳食わねばでがっつく男もどうかと思う。
そのうえ一度寝たからと自分のものにでもしたつもりでいるのなら、絶望的な自惚れバカだ。
多恵はキッと男の横顔を睨んだ。
対向車のヘッドライトに、少し疲れたような寂しげな顔が、浮かんでは沈む。
不覚にも見とれていると、男はふいっとこちらを向いて、朗らかに笑いかけた。
「眼鏡」
「え?」と、多恵はどぎまぎした。
「かけてましたっけ?」
「あ? ああ……、仕事中だけです。これは伊達ですから」
「伊達? 綺麗な目なのに、もったいない」
「童顔なんです。だから、少しでも落ち着いて見えるように」
男はなるほどと頷いて、それからふっと笑った。
「おかしいですか?」
「あまり変わらないけど」
多恵は口端を引きつらせた。
〈ベビーフェイスの女性は有能に見られにくい〉。
アメリカでの経験で、第一印象でなめられないようにと、これでも真剣に試行錯誤したのだ。
「あなたは、ずいぶんと変わるんですね」
男は一瞬きょとんとして、それから気づいたようにネクタイを緩めながら虚しい薄笑いを浮かべた。
「仕事だったものですから」
──若いおねえちゃんたちに囲まれて、鼻の下を伸ばしていたくせに。
と、軽蔑の眼差しをするりと抜けて、男は窓の外へ視線を向け、静かに言った。
「ここで結構です」