ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「なんだ、元気そうじゃないか。女狐に手を焼いてるってぇ聞いたから、楽しみにしてたのに。つまらん男だねぇ」
伝法調に言いながら、喧嘩かぶりの手ぬぐいを払う。盃を口に運んでいた多恵は、酒を吹き出しそうになった。
汗を拭う頭は、まさかの坊主、すっぴん、眉毛もない。
実は尼さんなのか、はたまた薬の副作用か。いずれにせよ、第一印象からしてただ者じゃない。
玲丞と呼ばれる男は苦笑いして、お茶を濁すように多恵の前に備前の小皿を差し出した。
「この店、メニューがないので」
タカはシッシと玲丞を追い払い、
「あたしゃね、自分が食べたい物しか作らない主義なんだ」
あぶりの国産からすみを蕎麦前に出しておいてよく言う。おかげで席が立ちにくくなってしまった。
しかしこうして見ると、建物はボロいがこざっぱりとよく手入れはされている。
カウンターは銀杏の一枚板。器もオリジナルだろうか粋なものを揃えている。
背後に場違いな額が目に入って、多恵は吹き出しそうになった。
豪快かつ繊細な能筆だけれど、〈秋霜烈日・実事求是〉とは……。法曹界でもあるまいし、一体どこへ向かうつもりだろう。
勧められるまま卵焼きを口にして、多恵は思わず眉を上げた。
──うまっ!
これに焼き味噌があれば、と思っていたら、読心術のように香ばしい匂いが目の前に現れた。蕎麦豆腐、鱧の葛落とし、どの肴も旨い。
せいろが出された。多恵はゴクリと唾を呑んだ。
鼻梁に膨らむそば粉の香りは、石臼の手挽き。一口呑んだとたんに広がる滋味は、打ち立て十割蕎麦独特の味わいだ。
フードビジネスのコンサルティングを主要としているので、国内外のめぼしい料理店は食べ歩いた。
ソムリエ・きき酒師は無論のこと、コーヒー・紅茶・日本茶、野菜・フルーツ、パン・菓子、調味料・だし、etc、食に関する資格は多々有している。
老舗温泉旅館の賄い食で育ったのだから、元から味にはうるさい。
それが、こんな場末で、舌を唸らされるなんて──。
──やられた。
伝法調に言いながら、喧嘩かぶりの手ぬぐいを払う。盃を口に運んでいた多恵は、酒を吹き出しそうになった。
汗を拭う頭は、まさかの坊主、すっぴん、眉毛もない。
実は尼さんなのか、はたまた薬の副作用か。いずれにせよ、第一印象からしてただ者じゃない。
玲丞と呼ばれる男は苦笑いして、お茶を濁すように多恵の前に備前の小皿を差し出した。
「この店、メニューがないので」
タカはシッシと玲丞を追い払い、
「あたしゃね、自分が食べたい物しか作らない主義なんだ」
あぶりの国産からすみを蕎麦前に出しておいてよく言う。おかげで席が立ちにくくなってしまった。
しかしこうして見ると、建物はボロいがこざっぱりとよく手入れはされている。
カウンターは銀杏の一枚板。器もオリジナルだろうか粋なものを揃えている。
背後に場違いな額が目に入って、多恵は吹き出しそうになった。
豪快かつ繊細な能筆だけれど、〈秋霜烈日・実事求是〉とは……。法曹界でもあるまいし、一体どこへ向かうつもりだろう。
勧められるまま卵焼きを口にして、多恵は思わず眉を上げた。
──うまっ!
これに焼き味噌があれば、と思っていたら、読心術のように香ばしい匂いが目の前に現れた。蕎麦豆腐、鱧の葛落とし、どの肴も旨い。
せいろが出された。多恵はゴクリと唾を呑んだ。
鼻梁に膨らむそば粉の香りは、石臼の手挽き。一口呑んだとたんに広がる滋味は、打ち立て十割蕎麦独特の味わいだ。
フードビジネスのコンサルティングを主要としているので、国内外のめぼしい料理店は食べ歩いた。
ソムリエ・きき酒師は無論のこと、コーヒー・紅茶・日本茶、野菜・フルーツ、パン・菓子、調味料・だし、etc、食に関する資格は多々有している。
老舗温泉旅館の賄い食で育ったのだから、元から味にはうるさい。
それが、こんな場末で、舌を唸らされるなんて──。
──やられた。