ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
半分ほど食べ進んだところで、多恵はふと視線を感じて顔を上げた。
玲丞が、にこにこしながらこちらを見つめている。
体裁ぶらない食べっぷりを、どこか楽しんでいるようだった。
「……ゴホッ」
急にむせた多恵の背中に、玲丞があわてて手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
多恵は、下心を拒絶するようにその手を払った。
玲丞は少しだけ表情を曇らせ、ぽつりと呟く。
「今夜は、無口なんですね」
いきなり何を言い出すのか──。多恵は眉をひそめた。
「やはり、昨夜のことを気にしているんですか?」
核心に触れられて、多恵はたじろいだ。
しかし、動揺を悟られては相手につけいる隙を与えてしまう。
多恵は努めてさりげなく、見識張って返した。
「そのことでしたら、事故だと思って忘れてください。私もそう思っていますから」
「事故と言えば、事故ですが……」
「ええ、事故です、事故。酔っ払って止まってる車にひかれたようなものです」
「え?」
玲丞は首を捻って、それから思い及んだように声を上げて笑った。
「な、何ですか?」
気でも触れたのか、気味悪い。
「そちらの事故なら、起こりませんでした」
「え?」
「あなたは、事故を起こす前に熟睡してしまいました。お送りするにも住所を知らないし、ザナデューに電話をしたのですが、すでに帰られたようで、やむなく僕のマンションにお連れしたんです」
「で、でも……」
「ああ……それは……」
玲丞は言いにくそうに目を泳がせた。
「おそらく、ご自宅と勘違いされたのでしょう。暑いと仰って……」
脳天に、ガツンと鈍器級の衝撃。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。ちょっと……」
そうだった。男がネクタイと靴下に縛られているように、女はブラジャーとストッキングを脱ぎ去って、窮屈な日常から開放される。
──だからって、目の前に男がいたのに?
いや、泥酔状態の多恵には関係ないか。
玲丞も、初対面の女にいきなりストリップを始められ、さぞ面食らったことだろう。
それを勘違いして相手を責めるなんぞ、甚だ持って迷惑千万な女だ。
──それにしても、そちらじゃない事故って何だろう?