ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「お財布に厄除けのお守りまで入れてたのに……。正月に大枚はたいて厄払いしたって、ちっともご利益なんてないんだから。ユキみたいな罰当たりは、よっぽど気をつけなきゃダメよ」

「私のどこが罰当たりよ」

心外だと多恵は口を尖らせた。

「父親の七回忌にも帰らない一人娘が、どこにいる?」

多恵は苦々しくそっぽを向いた。

高校は女子校の寮生活、十七歳で渡米し、二十五のとき父危篤の報を受け帰国。ちょうど東京支社への転勤が決まっていたこともあって、葬儀のあと初七日も待たずに上京した。
以来、多忙を理由に、実家には一度も足を運んでいない。

田舎は懐かしいけれど、戻ったら戻ったで、いろいろと鬱陶しいことになる。

(くいぜ)を守る古老たちは、いまだに多恵を本家当主と上座に据えたがる。とかく彼らは席次に泥む(なず)から厄介だ。
多恵が帰省すれば、未亡人である養母を差し置いて、施主の席に担ぎ上げられるのは目に見えていた。
そうして彼女は歓んで、なさぬ仲の娘にその座を譲るだろう。

さらに、本家の血脈を絶やすなと、縁談を喧しく迫る世話焼き婆もいる。それもまた七面倒くさい。

「厄年に子どもを産むと、厄落としになるって、ばあちゃんが言ってたっけ」

「理玖、それ、私にじゃなく、司に言いなさい」

とたんに、シェイカーのリズムが情けなくなった。

彼は司を愛している。それは傍で見ていても、痛々しいほどの惚れっぷりだ。

だがいかんせん、司は一国一城の主で、仕送り頼みの学生には、彼女を養うだけの力はない。

この店には、艶麗な顔立ちのくせに聡明でさっぱりした司を目当てに、足繁く通ってくる常連客も多い。中には年齢も経験も重ねた紳士もいて、海外出張の土産だと称して、高価な品をさりげなく渡していくのを、理玖はいつも辛そうに座視していた。

バイトを辞めて勉学に専念し、一日でも早く医者になればいいだけなのに、「その間に他の男に取られそうで不安」だと言うのだから、一途でおバカだ。

理玖の不安は、司より七つ年下というコンプレックスにあるのだ。こればかりは一生ひっくり返らない。悩んだって詮無いことなのに。

司は司で、そこは年長者として、言葉や態度で迷える若人を安心させてやればいいのに、なぜか手を差し伸べようとしない。

二人の問題だし、クレバーな司のことだから、考えがあるのだろう、と多恵は静観してた。
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