ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「今夜は、彼氏は?」

オーガニックな温野菜とローストビーフ、それに温めたオニオンスープを多恵の前に置いて、司はしれっと言った。
二日とあけず仕事帰りの夜半に訪れる客は、注文を訊かれた試しがない。

「そんなんじゃないわよ」

多恵は、ホワイトレディーのグラスを光に翳して、惚けた。

「でも、つき合ってるのでしょう?」

「つき合ってるって言うのかなぁ?」

「いつも一緒に帰るくせに」

「別に約束しているわけじゃないもの」

あの日から、多恵と玲丞との奇妙な関係は、穏やかに続いていた。

気が向いたらこの店に来て、会えれば一緒に呑んで、そのまま多恵の部屋で一夜を過ごす。
次の約束もなければ、連絡手段さえ交わしていないので、二週間会わないこともあれば、連日会うこともある。

多恵が常連であることを承知で通ってきているのだから、憎からず思ってくれているのだろうけど、決定的な意思表示も明確な告白も受けていないので、それがいかなる種類の好意なのかは、甚だ不明だ。

第一、恋愛を意識する兆しもなくいきなり男女の関係になってしまったのに、今さら相手の気持ちを確認しようなどという、既成事実を盾に迫るような野暮なことができるわけがない。
後腐れのないセックスフレンドだと、思われているのかもしれないのに。

「何かドライなオトナの関係って感じっすよね。何をしている人なんすか?」

「さぁ? サラリーマンではないでしょうね」

朝はすこぶる弱いし、不規則な生活をしているようだ。
真夜中でも休日でもお構いなしに携帯電話がかかってきて、そんなときは多恵を気にしてか、やけにひそひそと会話していた。
電話から女の甲高い怒声が漏れ聞こえたり、泣いているのを宥めているような場面も目撃している。

ここに来るときはラフな格好だけど、銀座では仕立ての良いスーツ姿だったし、広尾の高級マンションに住んでいるくらいだから、収入はかなりあるのだろう。

親の財産で飲食店のオーナーでもしている感じ? 反社会的勢力と馴染みがあるようだから、あれでいて金融系の裏家業? 
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