ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
キラキラしたイルミネーションは、人間の感情を増幅させる。
幸せな恋人たちにはより幸福感を、寂しい独り身にはより孤独感を、そして憤る多恵には、陽気な賑わいさえ腹立たしい。
何が嬉しいのか、客もアルバイト店員も店頭のマスコットまで、赤い衣装を身にまとい、ミニスカートサンタはおじさんトナカイの首輪を引っ張って、居酒屋へと消えていく。街角で談笑するおかまのプリンセスたち、道端の看板に頭を下げているのは三角帽子の酔っぱらい。
──クリスチャンでもないくせに、みんな頭がいかれてる!
「ユキさん」
遠慮がちに肩に掛けられた手を、多恵は頑固に前を向いたまま、体を捻って払いのけた。
「ついてこないで」
「ダメだよ。止まってる車にひかれると困る」
真面目くさった言い分に、多恵は何だかおかしくなった。
計算なのか天然なのか、彼はいつもツボを得たように、多恵の心にスッと侵入してくる。
「大丈夫よ」
わざと邪険な物言いをして、多恵は歩速を緩めた。
「帰ろう? はなが待ってるよ」
黒い道行コートを羽織らされ、多恵は小さく洟を啜った。
店に忘れたのを、司が慌てて彼に預けたのだろう。
司の辛辣な言葉は、いつだって多恵を思ってのこと。わかっているのに、焦りや孤独を感じている自分への苛立ちを、八つ当たりのようにぶつけてしまった。
「司に、悪いこと言っちゃった……」
メジャー系洋画配給会社で世界を飛び回っていた司が、サラリーマン相手のバーを開くことになったのは、父親を自殺で亡くしたからだ。
それは、彼が幹部昇進して数ヶ月後のことだった。遺書もなく、仮面鬱病だったのではないかと、司は無念さに目を赤くして言った。身の丈に合わないポジションなら、受けるべきではなかったと。
しかし、組織の枠に縛られた者は、哀しいかな、組織の常識の中でしか生きられない。家族にも言えぬストレスを抱え、いや、本人さえも気づかぬまま、精神が蝕まれてしまったのだろう。
司が、多恵のような酔っぱらいの愚痴を、厭な顔もせずに訊いてくれるのは、父の心の病を感じ取れなかった自責の念からきている。
それを、売り言葉に買い言葉とはいえ、「男を利用して商売をしている」などと、酷いことを言ってしまった。
「明日、ケーキでも買っていこう? 司さんの好きな、ピエール○コリーニのミルフィーユ」
そう言って玲丞は、街の灯りで仄明るい空を見上げ白い息を吐いた。
冷たくなった多恵の手を握って、自分のコートのポケットに入れる。
まるで、子どもの喧嘩の仲直りをさせているみたい。
確かに子どもじみていると、多恵は素直に頷いた。