ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「ようこそ、ホテル・ポラリスへ」
ようやく出揃ったゲストに、本多と菜々緒は、ぴたりと息の合った所作で深く会釈を送った。
「予約した藤崎です」
本多は、背筋をぴんと伸ばし、硬質な礼節を崩さぬまま恭しく頷いた。
「お待ちしておりました、藤崎様。ご予約は、ロイヤルスイートを一部屋。本日より、今月末までのご滞在で承っております」
艶やかなバリトン。唇をあまり動かさない、独特な喋り方。方正謹厳を絵に描いたような顔立ちに、清潔な七三分け。
職務上か、それとも彼なりの美学か、真夏でもただ一人、アロハシャツのユニフォームではなく、黒のタキシードを涼しげに着こなしている。
控えめで誠実な微笑みを、何時如何なるときにも失わない。
そのジェントルマンぶりは、英国老舗ホテルのバトラーにも引けを取らないのに、どうしてこんな片田舎のホテルにいるのか、菜々緒には不思議でならない。
「名門ホテルの元・総支配人」という噂の真相を、本人に直接確かめてみたけれど、肯定でも否定でもない、ホテルマンのお手本にような微笑みでかわされてしまった。
彼を雇い入れたGMも、その辺りには絶対に触れないから、きっと深い事情があるのだろう。
「お手数ですが、こちらへご記帳をお願いいたします」
菜々緒が男に向けて差し出した万年筆を、女が横から素早くかすめ取った。
女はペンを走らせ、ぶっきらぼうに、
「ねえ、ここってエステある?」
「申し訳ございません。当館には設備がなく……」
「あら、しけてるわねぇ」
── 藤崎|玲丞様とカオル様、ね。
走り書きのような文字で、住所も迷いなく書いていく。
けれど、〝成城〞とは、いかにも眉唾ものだ。