ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「ようこそ、ホテル・ポラリスへ」

ようやく出揃ったゲストに、本多と菜々緒は、ぴたりと息の合った所作で深く会釈を送った。

「予約した藤崎です」

本多は、背筋をぴんと伸ばし、硬質な礼節を崩さぬまま恭しく頷いた。

「お待ちしておりました、藤崎様。ご予約は、ロイヤルスイートを一部屋。本日より、今月末までのご滞在で承っております」

艶やかなバリトン。唇をあまり動かさない、独特な喋り方。方正謹厳を絵に描いたような顔立ちに、清潔な七三分け。
職務上か、それとも彼なりの美学か、真夏でもただ一人、アロハシャツのユニフォームではなく、黒のタキシードを涼しげに着こなしている。

控えめで誠実な微笑みを、何時如何なるときにも失わない。
そのジェントルマンぶりは、英国老舗ホテルのバトラーにも引けを取らないのに、どうしてこんな片田舎のホテルにいるのか、菜々緒には不思議でならない。

「名門ホテルの元・総支配人」という噂の真相を、本人に直接確かめてみたけれど、肯定でも否定でもない、ホテルマンのお手本にような微笑みでかわされてしまった。

彼を雇い入れたGMも、その辺りには絶対に触れないから、きっと深い事情があるのだろう。

「お手数ですが、こちらへご記帳をお願いいたします」

菜々緒が男に向けて差し出した万年筆を、女が横から素早くかすめ取った。

女はペンを走らせ、ぶっきらぼうに、

「ねえ、ここってエステある?」

「申し訳ございません。当館には設備がなく……」

「あら、しけてるわねぇ」

── 藤崎|玲丞(りょうすけ)様とカオル様、ね。

走り書きのような文字で、住所も迷いなく書いていく。
けれど、〝成城〞とは、いかにも眉唾ものだ。
< 6 / 160 >

この作品をシェア

pagetop