ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「ユキって、名前じゃなかったの?」

玲丞は、狐につままれたような顔をしている。

「ユキは苗字から取った渾名。本名は、ユキムラ・タエ」

司に倣って、ザナデューの客もみんな〝ユキ〞と呼ぶし、マンションの表札も苗字だけだから、名前だと思い込むのも無理はないけど──今まで気づかなかったとは……ほんと、能天気な人だ。

「どうやって書くの?」

「〝幸せな村〞に、〝多く恵まれる〞。欲深い名前でしょ?」

「いい名前だね」

「古くさいでしょ?」

「そうかな? ──多恵」

「やめてよ」と、多恵はわざと荒っぽく玲丞の横に腰を下とした。

多恵を呼び捨てにできるのは、亡くなった祖父母と両親だけ。
どんなに親しくても、〝多恵〞と呼ばせたことはない。

そんなことはお構いなしに、玲丞は何だか得意げに、シャンパンを注いでいる。

「クリュッグ クロ・ダンボネ? すごい、高級シャンパーニュじゃない」

「うん。ケーキもある」

「なんで?」

「なんで? クリスマス・イヴだから」

多恵は目をぱちくりさせた。

「クリスマス……」

「じゃあ、乾杯しよう。メリークリスマス、多恵(・・)

睨みつける多恵に、玲丞は満面の笑みでグラスを掲げる。
その顔があまりにも子どもみたいで、怒る気も削がれてしまう。

最上級のシャンパーニュに、最上級の笑顔。BGMには、パヴァロッティの〈アヴェ・マリア〉。……ほんと、狡い人だ。
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