ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
コルクとの格闘に飽きたはなが、ふたりの足元で、喉を鳴らしながら毛づくろいを始めた。
曇りかけた窓ガラスに映る影が、まるで〝幸せな家族の肖像〞みたいに見える。
多恵にとって、こんな穏やかなクリスマスは初めてだった。
子どもの頃は、家業の繁忙期で家族が走り回っていたし、成人してからは、自分が勉強や仕事に忙殺され、クリスマスなど意識の外にあった。
夏目にプロポーズされたのは、昇進の内示を受けた夜、クリスマス・イヴだった。
周囲から本命視され、彼自身も昇進に自信があったからこそのプロポーズだったのに、自分の方が選ばれたとは、とても言えなかった。
年齢的には結婚や出産に焦りを感じ始める頃だったけど、仕事が面白くて仕方がない時期で、返事を先延ばしにしてしまったのだ。
最悪のタイミングだった。
結婚か、出世か。男の面子か、女の意地か。
司の言葉に腹が立ったのは、「待つ」と言ってくれた彼を、都合のいいセーフティネットのようにキープしていた小狡さを、見透かされたからだ。
夏目の実家は、都内でベーカリーチェーンを展開する創業家。
社長の父親に、専業主婦の母親。専務として父を補佐し、さらにコーヒーショップの事業展開を手がける兄には、すでに二人の子どもがいる。妹は製菓職人として独立していると聞いていた。
入婿が絶対条件の多恵にとっては、申し分ない相手。――甚だ打算的だった。
もちろん、彼のことは好きだった。けれど、仕事のほうがもっと好きだった。
その生き甲斐を、誰かのために犠牲にすることはできなかった。
彼に負い目を感じ、それが相手にも伝わって、互いに気色をうかがっているようなところがあった。それなのに、仕事を理由に、まともに話すことから逃げていたのは事実だ。
だから――四ヶ月前、夏目から別れを告げられ、同時に恋人の妊娠を知らされたとき、実はホッとしたのだ。
「憧れてます」「尊敬してます」と煽られて目をかけてきた部下の、本音と裏切りに、自分だけが気づいていなかったのは、ショックだったけど。
ふたりの幸せを、嬉しいと思う。
ただ、花嫁姿で祝福を受けているのが自分だったかも、と思ったら、ちょっと惜しかっただけ。
恋も仕事も結婚も子どもも、どれもほどほどに、そつなく手に入れてしまう。そんな彼女の、淡泊なのか欲張りなのかわからないバランス感覚が、ちょっと羨ましかっただけ。