ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「はなは元気?」
「え? ええ」
「よかった」
玲丞の笑顔につい気を緩めそうになって、多恵は自分に腹を立てた。
いつもこうなのだ。彼は天然の人たらし。少しでも気を抜くと知らず知らずペースに乗せられる。
「サインをお願いします」
多恵は流れを引き戻そうと、突き放すように言った。
「その前に、乾杯しよう?」
差し出されたホワイトレディーのグラスに、多恵はムッとした。
ザナデューでの多恵の定番。こんなもので、昔を懐かしむとでも思っているのか。
「どうしてですか?」
「奇蹟の再会に」
「からかってるの?」
堪忍袋の緒が切れたと、多恵は立ち上がった。
「君は、嬉しくないの?」
「嬉しいです。素敵な奥様との幸せそうなお姿を拝見できて」
玲丞は「はあっ?」と首を捻り、それから思い当たったようにクスクスと笑い出した。
「何がおかしいのよ」
「ごめん……でも、あれは……、そうじゃないよ」
「……ああ、そう。失礼いたしました。お忍びでいらっしゃいましたか。新婚だというのにお盛んなことで」
見損なったと踵を返す手を、玲丞はむんずと掴んで引き戻した。
「やめてよ!」
思わず出た声の大きさに、自分でも驚いた。幸い、須藤はさっきと同じ体勢のまま動いていない。
「誰が新婚だって?」
「あなたの他に誰がいるの? 胡蝶のママから聞いたわ。奥様はすっごく美人のご令嬢で、新婚旅行は豪華客船で世界一周ですってね? まあ、素敵!」
玲丞は呆れたという顔をして、多恵をチェアに座らせた。ぐずる子どもを諭すように、両腕を拘束したまま跪いて言う。
「それは、彼のことだよ」
「カレ?」
「そうかぁ」と、玲丞は思い当たったように、
「多恵と知り合いなのが僕の方だと知って、胡蝶のママが気まずそうな顔をしていたのは、そう言うことだったんだ……。──まさか、本気で僕のことだと思ってた?」
予想外の展開に、多恵は混乱した。