ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ？

静枝の病気を知って、多恵は慌ただしく帰郷することになった。
そのとき多恵は、自分が思っているほど会社から必要とされていないことを思い知った。

時間も、友情も、恋愛も犠牲にして、組織に貢献してきたと自負していた。
だが所詮、タイヤを取り替えるように、代わりはいくらでもいると言うことなのか。多恵の退職願いに会社が懸念したのは、ライバル社への人材流出という損得だけだった。

去る者は忘却され、彼らにはまたいつもと変わらぬ明日が来る。
形ばかりの送別会。上部だけの惜別の台詞。心底、惜しんでくれた人など、一人もいなかった。

虚しかった。
これまでの生き方が、誰の記憶にもさしたる痕跡を残さず、消し去られてゆくだけだなんて……。
せめて、わずかでも、誰かの胸に爪痕を残したい。

だから、彼を訪ねようと思った。
最後ぐらい、一度も確かめたことのない言葉を言ってくれるかもしれないと、心の片隅で期待して……。

けれど、今どき携帯電話の番号も知らないのかと司が怒るくらい、本当にまったくと言うほど、多恵は玲丞のことを知らなかった。

折しも、休日には多恵のマンションに入り浸っていた玲丞が、パタリと来なくなった頃だ。

唯一の連絡機関であるザナデューに、彼はひと月近くも顔を見せない。記憶を辿ってマンションを訪ねたけれど留守。道玄坂の蕎麦屋にも人影が無い。
それでも諦めきれずに、恥を忍んで胡蝶へ行った。

そこで玲丞の結婚を知って、ショックというより、自分の鈍さに呆れるばかりだった。

彼が、司にいくら鎌をかけられても、結婚や将来の二文字を余所事のように受け流していたのは、亡き恋人への操だと信じていたのに、実は他にお相手がいたからだったなんて……。

踏みにじられた思いだったけれど、おかげできれいさっぱり、未練も残さず、東京を引き払えたことも事実だ。

それを、今さら早とちりだと言われても、どうしようもないではないか。

──待って、それなら、広尾のマンションにいたのは誰？　それより〝彼〞って誰？

多恵はわざとぞんざいに立ち上がった。ともかく一刻も早く一人になって、紛乱した思考を取り鎮めたかった。

「どうぞごゆっくりおくつろぎください」

くるりと身を翻し、歩き出す──その手首を、またしても掴まれて、多恵はムッと玲丞を見下ろした。もはやＧＭとしての自覚など、宇宙の彼方に飛んでいた。

「今夜こそ逢いたい。大事な話があるんだ」

「お話ならここで伺います」

「ここでは、ちょっと……」

多恵は片眉を上げ、バカにするなとばかりに乱暴に手を振り解いた。下心が見え見えで、語るに落ちる。

全身に怒りを漲らせて、コカブへ引き上げてきた多恵は、舌打ちした。またサインをもらい忘れていた。

「ああ、もう！」

地団駄踏んで、ギョとした。
バーカウンターを挟んで、セラピスト兼ウエイトレスの貴衣と菜々緒が、こちらを見ていた。