ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
貴衣と菜々緒は、顔を見合わせた。

多恵はしまったと片頬を引きつらせ、何も聴くなと言うばかりに額に手をやり、二人の前を通り過ぎていく。

二人は目と目で頷き合い、揃って再びプールサイドに視線を移した。
ちょうどプールに白い水しぶきが上がった。

従業員用の休憩室は地階にあるのだが、多恵は、海からの風が吹き抜ける開放的なバーでの一服を許していた。
その代わり、忙しいときにはウエイトレスやウエイターに変身する。ただし、喫煙と飲酒、ゲストの話題に触れることは、厳禁とされている。

「中里マネージャーに報告する?」

無防備に身を乗り出す貴衣の、つきたての餅のような胸元に、ユニフォームのボタンがいつか弾け飛ぶのではと、菜々緒は気が気でない。

ポラリスにスパがオープンしたのは二年前。それまで貴衣は、都内の有名サロンで人気のエステティシャンだったという。
彼女の指名がトップになった頃、同僚の嫌がらせから施術ミス寸前の騒動があり、トラブルを憂慮したオーナーが、多恵に相談したと聞いた。

明るくおしゃべり好きで物怖じしない。そのくせ妙に冷めたところもあるので、バーでの客あしらいも上手い。
ただ、御法度破りが玉に瑕だ。

菜々緒は思案顔で、オレンジジュースのストローを上下に動かした。
常にクールでストイック、バリキャリの典型とも言える多恵が、あれほど感情をあらわにするなんて──やはり藤崎様とは顔見知りなのかしら。しかも、恋愛関係……?

「チェックインのときに、GMのことお尋ねになったし、ただのナンパじゃないと思うんだけど」

「何、それ? ストーカーとか? 中里マネージャーより、フェルカドに言おうか」 

出入口へ首を伸ばし、すぐにでも駆け込みそうな貴衣を、「いや、待て、待て」と、菜々緒は引っ張った。

あのメンバーの耳に入ったら、ただで済まないとわかっていて、面白がっている。悪気はないけど、揉め事が大好物なのだ。結局はGMに迷惑がかかるのに。

「奥様もご一緒だから、あまり大きくしない方が──」

貴衣がぷっと吹き出した。

「菜々緒ちゃん、違う、違う。あのお連れ様ね……」

「あのメデゥーサ?」
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