ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「……それじゃ、〈テレビを観てぇ〉の口かしら?」

先代社長の意向で常連客を重視するあまり、それまで宣伝らしい宣伝をしてこなかった〈ホテル・ポラリス〉の名を、一躍全国に広めたのは、二年ほど前に放送された〝美人女将の宿〞という特集番組だった。

これは決して公正な審査や投票によるものではなく、こちら側にその筋の伝手があり、大枚を叩いて頼み込んだ成果らしい。

むろん、看板倒れでは頼んだ方も頼まれた方も恥になる。
さらには、〈帰国子女のキャリアウーマンが、華やかな世界を捨ててホテルの裏方に〉などと仰々しく演出され、女性たちの関心を誘った。
古い体質との確執から、周囲から孤立するようなやらせもあった。

そのおかげで──
物見遊山の客で、客室数十四室の宿は連日満員御礼。売り上げも、前年度比の二倍に跳ね上がった。

今ではさすがに放送直後の賑わいは去ったけど、ホームページに併設したGMのブログが好評で、相変わらずファンは多い。

「それで〈外出中〉と答えられたのですね」

ここでも肯定でも否定でもない微笑みで返されて、菜々緒は少し気になった。

「GM、かなりお疲れのようでしたけど、何かあったんですか?」

「時の流れは──花吹雪ですから」

「何ですか? それ」

菜々緒は、つい半笑いしてしまった。
本多本人は、場を和ませてるつもりかもしれないけど、彼の繰り出す〝名言(迷言?)〞が親父ギャグなのか大真面目なのか判別つかず、むしろ周囲を混乱させていることに、まったく気づいていない。

「どんなに美しい花も、散りゆくことは止められない──ということです」

静かに口にした本多の横顔には、どこか寂しげな影が差していた。
その表情に、ふと言い知れぬ不安を覚える菜々緒だった。
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