ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「姫様!」
舌打ちとともに、カオルの手が離れた。
弾かれるように魔手から逃れた多恵は、その勢いで、猛突進してくる伊佐山の胸を押し戻した。
背後では、止めに入った純平を、瞳を輝かせた秋葉が華麗なフットワークでかわし、続く紗季が見事なボディーブローで床に沈めている。
「いけない、シェフ!」
伊佐山は、怒りで熱くなった腕で、多恵を背後にかばう。
多恵はその腕に必死にしがみついた。こんなことで神の手を穢してはならない。
「修ちゃん! やめなさい!」
多恵の一喝に、すべての動きが止まった。
伊佐山は電池の切れたロボットのように静止し、秋葉と紗季はお玉と麺棒を振りかざしたまま顔を見合わせている。
多恵は、深く呼吸を整えると、静かに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません。大変失礼いたしました」
多恵は、伊佐山の腕を引っ張って踵を返した。
その背中に、カオルが悲しく呟いた。
「麻里奈は、死んじゃいない……」と。