ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎


「どうでした?」

レセプションカウンター越しに結果を急かす菜々緒に、本多はさすがに参った様子を見せた。

「今度はマルゴーをご注文されました。GMは一日お留守だと申し上げたのですが、明日になっても構わないからと」

「粘りますねぇ」

本多は「うーん」と苦笑いを浮かべた。
事実、多恵はのっぴきならぬ用件で街へ出ている。今晩の当直に備えてそのまま一旦帰宅すると聞いている。多恵にしては珍しいことだが、相当な心労が溜まっているのだろう。

「ともかく、GMとふたりきりになることがないように、こちらで配慮しましょう」

菜々緒は拳を口元に考え込んだ。
昨夜、フェルカドでカオルが多恵にからんだと聞いたし、やはりあのふたりは付き合っていたのだと思う。玲丞がバイセクシャルだと知って、多恵の方が手を切ったのか。きっと別れ方が悪かったのだろう。

しかし、逃げるから男は追う。そのうち諦めるだろうなどとかわし続けていたら、相手が行動をエスカレートさせて、痛い目に遭うこともある。

「逆に、話し合いの場を設けて差し上げるのはいかがでしょう? 立会人を入れて──」

「それは困る!」

珍しく本多が声を荒げたので、菜々緒は目をぱちくりさせた。

実のところ本多は、多恵と玲丞の関係を察していた。
長年フロントに立っていれば、一見しただけでゲストの素性や事情が掴めるようになるものだ。

ふたりの間にいかな経緯があったのかは知らないが、おそらく玲丞は多恵を連れ戻しにやって来たのだ。

予約時には一名と聞いていたから、カオルは直前に便乗したのだろう。
阻止したいのか、ただの野次馬か、彼の目的は不明だが、今のところいい働きをしてくれている。多恵にも未練が残っている様子だからだ。

今、多恵という一等星を失えば、ホテルは機能しなくなる。
崖っぷちのポラリスを支えているのは、紛れもなく彼女なのだから。

「GMも、これ以上、顔を合わせたくないのでしょう。ルームサービスの件は、私が何とかします」

「何? GMがどうしたって?」

本多と菜々緒は、ギョッとした顔で振り向いた。
背後のオフィスから、航太がぬっと顔を出していた。
< 93 / 160 >

この作品をシェア

pagetop