ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ？

小川のほとり、絨毯のように柔らかい地面を踏みしめ、梅花藻が揺れるせせらぎを登ると、羊歯や水苔に覆われた石々に囲まれた小さな泉に辿り着く。

木漏れ日が差し込む透明な水面が揺れているのは、その中央のこんもりとした水のドームの底から、清らかな水が渾々と湧き上がっているからだ。

多恵は掌に水を受け止め、禊を行うと、畔の石の祠に神饌を供え、柏手を打ち、祝詞を唱えた。

古くから、幸村の当主は産土神の八幡神を祀り、水神をお守りするのは幸村の女の勤めだ。

祖父がカンナビで源泉調査を始めたと知ったとき、曾祖母は水神の怒りに触れると嘆いたそうだ。実際その直後に、曾祖父が亡くなっている。

〈お願い事をしてはなりません。感謝を捧げるのですよ〉

祖母の言葉が、今も耳に響く。
それでも多恵は願わずにはいられなかった。どうか、残された方法を実行するための勇気を、どうか私に与えてください、と。

近くでコルリが一声、涼やかに鳴いた。

「あの鳥、何かわかる？」

突然の声に、多恵は目を見開いた。

「どうしてここにいるの！」

それには答えず、玲丞は水際にしゃがみ込み、清水を両掌に掬っている。

「冷たい」

水にかこつけて多恵の態度を詰っているのか。

玲丞は、空を仰ぐと、森の霊気を全身に取り込むように大きく深呼吸をした。

多恵は出し抜けに彼の手を握った。
無言のまま、来た道とは違うルートで斜面を駆け上がり、玲丞の問いかけにも一切応えず、一気にブナの根元まで駆け戻る。

しめ縄を確かめて、多恵はようやくホッとしたように足を止めた。