ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「ゼネラルマネージャ自ら庭のお手入れ? 大変ねぇ」

「庭師はおりますし、それほどのことはしておりません。人間がよけいな手を加えると、植物は脆弱になりますから」

黒レースの日傘をクルクル回しながら、ビスクドールは多恵の足元を見た。

「でも雑草は駆除しちゃうのね。何だか不公平だわ」

「植物にも打たれ強いものと弱いものがあります。放っておくと、すぐに占領されてしまいますので」

「雑草ガーデンでは野っ原と同じですものね。除草剤は使わない主義? 流行のナチュラリスト?」

多恵は蜩の鳴く森を振り返った。

「森には高齢のクロマツやブナが生きていますし、野生の動物や鳥たちも棲んでいます。ですから、土壌を汚染したり、生態系に影響がないように、化学薬剤は控えております」

はなから聞くつもりもないのか、カオルは人の話の途中で傍らのヘチマ棚の葉陰に入って、黄色い花を見上げている。

「これは食用?」

「いいえ、食用ではありませんが、これでルームキーパーがバスルームのヘチマタオルを作っています。お部屋のポプリも彼女のお手製ですよ」

「へ~え」

カオルは今度は遠いところへ目をやった。

「向こうに畑があったけど、あれは?」

家庭菜園に興味があるのだろうか。いやただの好奇心だろう。

「ハーブや野菜はシェフが育てておりますし、果樹はパティシエールが作っております。収穫されたものは、フェルカドのお料理に使わせていただいております」

「ああ、あの目つきの悪い男と仏頂面の女? 何だか、おかまを叩き出すだの締め上げるだの、物騒な相談をしていたわねぇ」

「……厨房器具のメンテナンスの打合せでしょう。釜の調子が悪いと言っていましたから」

ちょっと苦しかったかなと、多恵は心のなかで冷や汗をかいた。
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