社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~

11 ガラスの小瓶②

「これは?」

 マリンに渡されたというガラスの小瓶。

 以前にマリンがこんなガラスの小瓶を私に見せびらかして「お姉さま、良い香りでしょう?」と言っていた。

「これって今、王都で流行っている香水かしら?」

 首を振るコニーに合わせて、三つ編みが揺れている。

「マリンは高級な薬だって言ってました。そんで、これをセレナお嬢様の食事に毎日一滴ずつ入れろって」
「それって……」

 私がコニーからガラスの小瓶を受け取ろうとすると、エディ様が手で制した。

「危険物かもしれません」

 コニーからガラスの小瓶を受け取ったエディ様は、フタを開けて匂いを嗅ぐ。

「何も匂わないな。リオ、嗅いでみてくれ」

 リオ様は「何も匂わない。水っぽいけどな」と首をかしげた。

「まぁリオがそう言うならそうなのかもな。いちおう薬師に中身の成分を調べてもらっておく」

 話についていけない私に、エディ様は「リオは鼻が利くんです」と教えてくれる。

 私は、その言葉でふとバラ園でのことを思い出した。バラの香りに包まれながら、私の香りがするといったリオ様は、私をからかっていたわけではなかったのね。

 それにしても、私の食事に毎日一滴ずつ入れるように指示したマリンの言葉が引っかかる。

 それはまるで……。

「毒でも盛ろうとしたのか?」

 エディ様の言葉に、私はビクッとふるえてしまった。

 コニーも「あのバカならやりかねん」とうなずいている。リオ様の顔も怖くなっていた。

「毎日一滴ずつ入れるということは、即効性の毒ではないな。セレナ嬢をジワジワと苦しめようとしたのか」
「でもな、リオ。もしこれが無味無臭の毒だったとして、王都ではそんな物騒なものが簡単に手に入るのか?」

 そんなわけがない。もしそうだったとしたら、王都は大変なことになってしまう。

 エディ様が「これは本当に高級な薬の可能性はないのか?」と言うと、コニーが「それだけはない!」と断言した。

「あのバカが、セレナお嬢様に薬を渡すはずがない! 毒ではなかったとしても、何かの嫌がらせに決まっている!」
「なるほど、セレナ様の狂犬がそこまで言うなら信じよう」
「だれが狂犬だ!?」

 エディ様を威嚇(いかく)するコニー。

「コニー、落ち着いて」
「はい、お嬢様!」

 元気なお返事をしたコニーは、エディ様に「躾(しつけ)は完璧だな」と言われて目を鋭くしている。

「うちの護衛、口が悪くてすみません。悪いやつではないんです」
「いえ、私のほうこそメイドが大変失礼しました。コニーもすごく良い子なんですよ」

 リオ様と謝り合っているうちに自然と笑みが浮かぶ。
 
「では、お互い様と言うことで」
「そうですね。そういうことで」

 リオ様が「もうすぐ夕食ですね」と言うので、私は「はい」と返した。ここのご飯はすごくおいしいので夕食も楽しみだった。

「……その、食後にワッフルを出すように言っておきます」
「ありがとうございます!」

 心の底からお礼を言うと、リオ様はぼうっと私を見つめた。

「どうかしましたか?」
「あ、いえ」

 太陽が山の向こうに沈もうとしている。世界が夕焼け色に染まっている。リオ様も全身が真っ赤だった。

 *

 ターチェ家には、すごく良い料理人がいるようで、私の部屋に運ばれてきた夕食もとても美味しかった。

 リオ様に頼んでコニーの分も運んでもらったので、二人で楽しく食べることができた。

「美味しかったですね、お嬢様」

 コニーはそう言いながら食後に運ばれてきたワッフルを、ナイフで一口サイズに切ってくれる。

「はい、お嬢様。あーん」

 私はコニーに差し出されたワッフルを素直に食べた。やっぱり気が許せる相手にお世話してもらうと楽ね。

 そんな私達を、なぜか扉の隙間からリオ様がのぞいている。

 エディ様に「何やってんだ、お前」と言われているけど、私も本当にそう思う。

「う、セレナ嬢をお世話するのは俺の役目なのに……」
「どうしてだよ」
「だって、俺がケガをさせてしまったから」
「ケガが治るまでここで面倒見て、慰謝料も払うんだろ? だったら、世話までする必要はない」

 リオ様は「そうだが、山猫が……俺だけに懐いていたのに……」とかブツブツと謎の不満を漏らしている。

「はーん? リオ、お前、もしかして……」
「なんだ?」

 エディ様はしばらくリオ様を見つめたあと、「いや、まぁただの罪悪感の可能性もあるか」と視線をそらす。

「エディなんだよ、言えよ」
「やめておく。どうせセレナ様のケガが治ったらわかることだからな」
「なんなんだよ」

 扉の前で騒がしくしていた二人をコニーがにらみつけた。

「セレナお嬢様から聞きました。あなたがお嬢様を助けてくれたって。でも、あたしはお嬢様の腕を折ったことを許せない! こんなにお優しいお嬢様にケガをさせるなんてクズのすることだ!」
「くっ! そうだ、俺はクズ野郎だ!」

 苦しそうに胸を押さえながら床に膝を突くリオ様。メイドにこんなことを言われても怒らないリオ様は、本当に変わっている。

 私はコニーを手招きした。

「コニー気持ちは嬉しいけど、リオ様に失礼なことを言うのはやめてね」
「はい!」

「リオ様も、もう気にしないでくださいね」
「セレナ嬢……」

 私としては、コニーとリオ様には仲良くしてもらいたい。だって、二人は私が心の底から信頼できる数少ない人たちだから。

 そう伝えると、二人はそろって涙ぐむ。

「お嬢様!」
「セレナ嬢……」

 それを見たエディ様が「とりあえず、セレナ様に猛獣使いの才能があることだけはわかりました」と、不思議な感想を言っていた。
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