社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~

04 家が変われば世界が変わるってこと?

 リオ様と私を乗せた馬車は、立派な門をくぐり広い庭園を抜けて、豪華な邸宅の前でようやく止まった。

「ここは……その、どなたの?」

 先に馬車から降りていたリオ様は「俺が王都で世話になっているターチェ伯爵の邸宅です」と言いながら、私に右手を差し出す。

 私はリオ様の手を借りながら、慎重に馬車から降りた。

 もうこれ以上ケガを増やすわけにはいかない。

 リオ様にエスコートされながら、私はおそるおそるターチェ伯爵邸の中に入っていった。

 お世話になっている人の家に、勝手に他人を連れ込んで大丈夫なのかしら?

 本当なら私の家に送ってもらう予定だったのに、マリンのことがあって急きょこちらに来ることになった。だから、リオ様はターチェ伯爵夫妻に、私をここに連れてくることの許可を取っていない。

 ややこしいことに、ならなければいいけど……。

 私の不安をよそに、夜会から戻ったリオ様が包帯ぐるぐる巻きの不審な女を連れ帰っても、邸宅の使用人たちは誰も何も言わなかった。

 ターチェ夫妻は、まだ夜会会場から戻ってきていないらしい。

 この家のメイド長と思われる年配の女性がリオ様に「おかえりなさいませ」と礼儀正しく頭を下げた。

「この方はセレナ嬢。俺がケガをさせてしまったんだ。ケガが治るまでここにいてもらう」

 そんなことを勝手に決めていいの!?

 きっと嫌な顔をされるわと思ったけど、メイド長は眉ひとつ動かさなかった。

「かしこまりました。客室にご案内します。どうぞこちらへ」
「ああ、頼む」

 客室に案内されている間にすれ違ったメイドたちも、だれ一人、驚きを顔に出さなかった。かわりに、うやうやしく頭を下げる。

 うちのメイドたちとは大違いだわ。質の高い使用人って、こういうことを言うのね。

 でも、それはリオ様が私の側にいるからであって、リオ様がいなくなればメイドたちの本性が見えてくるのかも?

 案内された客室はとても広かった。室内に置かれた家具や装飾品は上品で、この邸宅の主人の趣味の良さがうかがえる。

 リオ様は私に向かって「ゆっくり休んでください」と微笑みかけてくれた。そして、部屋から出る前にメイド長に「俺の大切な客人だ。セレナ嬢の希望は、すべて叶えてやってくれ」なんてことを言う。

 メイド長は、同意するように静かに頭を下げた。

 なんだか、今夜はいろんなことがありすぎて、もう訳がわからない。

 私がぼんやりと突っ立っていると、メイド長が「お嬢様、少しだけよろしいでしょうか?」と声をかけてきた。

 その表情は、とても冷ややかだ。

 ほらね、やっぱり。リオ様がいなくなると、私の扱いなんてこんなものよ。

 自分の家のメイドたちにも、見下されて雑に扱われているのに、よそのメイドが私によくしてくれるはずがない。

 何をされるのかと私が警戒していると、メイド長はポケットから何かを取り出した。

「お嬢様、少しだけ失礼します」

 私が身体を強張らせると、メイドはポケットから取り出した長いものを私の腰に巻き付けた。

 それはよく見ると、メジャーでメイド長は真剣な顔で「ほ、細い」とつぶやく。

「この邸宅内に、お嬢様に合う服があるかどうか……。ケガもされていますし、お身体の負担にならない服にしなければ」

 あーどうしましょう、と言いながらメイド長は考え込んでいる。

「申し訳ありません。しばらくは、ご不便をかけると思いますが、できるだけ早くお嬢様にあった服を準備いたします」

 え? それって、私のためにわざわざ新しい服を準備するってこと?

「い、いえ、そこまでしていただかなくても……」

 ついそう言ってしまう。

 瞳をするどくしたメイド長からは、その冷たそうな表情とは違い「お顔だけでなく、お心までお美しいだなんて」という声が漏れ聞こえた。

 あれ……この人、今、私のことをほめてくれたの?

 私がまじまじとメイド長を見つめると、メイド長は「大変失礼いたしました」と深く頭を下げた。

「すぐに入浴の準備をいたします。それまで、この部屋でおくつろぎください」
「は、はい」

 一人、部屋に取り残された私はソファーに腰を下ろした。

 なんだか、今日はいろいろあっていつも以上に疲れてしまった。眠気と必死に戦っていると、メイドたちがぞろぞろと部屋に入ってくる。

 そして、フラフラしている私を丁寧に入浴させてくれた。

 私の髪を優しくといて、モコモコの泡でそっと肌を洗ってくれる。浴槽には赤い花びらが浮いていて、浴室内はバラの香りにつつまれていた。

 心地よすぎて、もう何も考えられない。

 気がつけば、私は入浴を終えていてベッドに横になっていた。入浴中に眠ってしまったのかもしれない。

 いつのまにか着せてもらっていた部屋着は、ゆったりとしていてとても肌触りが良い。

 まだ濡れている私の髪を一人のメイドが丁寧にふいて乾かしてくれていた。

「……ありがとう」

 心からそう伝えると、メイドは顔を真っ赤にした。

「お、恐れ入ります」

 そう言いながらメイドは、とても嬉しそうに微笑む。

 これは全部夢かもしれない。でも、こんな幸せな夢なら大歓迎よ。

 そんなことを考えながら、私は心地よい眠りについた。
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