社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~【書籍化+コミカライズ連載中】

【第二部】28 『可愛い』の意味【ライラ視点】

 謁見室から戻り、ウエディングドレスを脱いで楽なワンピースに着替えた私は、一人で部屋に待機させられていた。

 扉の前には王宮騎士がいる。その騎士達は、私を守るためにいるけど、カルロスの指示がない限り、自由に出入りすることができない状態だった。

 室内はたくさんの花で飾られていた。本当なら、結婚式のあと、ここでカルロスとゆっくり過ごす予定だったのに……。

 ひとりきりの私は、数時間前まで、溢れんばかりの幸せを感じていた

 王子と聖女である私達の結婚式は、大神殿で盛大に行われた。

 式のあとは馬車に乗ってパレードをし、国中の人々が私とカルロスの結婚を祝う。

 白い花びらが舞い散り、人々が私を称える声が絶え間なく聞こえる。

 私が笑みを浮かべて手を振ると、感動して泣き崩れる人までいる。

 ああ、私はようやくここまで来たのね。この場所こそが、私が幼い頃から求めていたところだわ。

 隣には、私に相応しい完璧な旦那様がいる。私の視線に気がついたカルロスは、優しい笑みを私に向けた。

 こんな誰もが羨む幸せが、これからずっと続くのね……。

 そう思っていたのに、パレードを終えて王宮に戻った私達は、慌ただしく出迎えられた。

 カルロスの側近が駆け寄ってきて、王宮内で火事が起こったことを告げる。

 私達の結婚という、重要な日に火事が起こるなんて……。王宮勤めの連中は何をしていたの⁉

 そう思ったのは私だけではないようで、カルロスの表情も強張っている。

 カルロスが「被害は?」と確認すると、バルゴア領の騎士達の活躍で小火程度で済んだそうだ。

「バルゴア領の騎士がどうして王宮内に?」
「結婚式の参列が終わったので、領地に戻るところだったそうです。それでですね、さらに問題がありまして……」

 側近がカルロスの耳元で囁くと、カルロスの瞳が鋭くなった。

「リオは?」
「謁見室に」

 カルロスは私を振り返る。

「ライラは、私のお願いを聞いてくれたよね?」
「え?」

 声音は優しいけど、カルロスの表情はすごく冷たい。

「覚えているかい? 私が君に、結婚式が終わるまで、絶対にリオにもバルゴア領にも関わらないでほしいとお願いしたことを」
「も、もちろんよ」

 カルロスの雰囲気が怖くて少し焦ってしまったけど、私はちゃんと約束を守っているから大丈夫。

「だったら安心だ。だが、念のためライラにも一緒に来てもらおう」

 私達は結婚式の衣装を脱ぐ間もなく、そのまま謁見室へと向かった。

 その後、王宮内で起こった火事と誘拐の後始末に追われて、カルロスは夜遅くなっても私がいる部屋には来れていない。

 でも、それで良かったのかもしれない。

 謁見室で見たものが、ずっと私の頭の中をグルグル回っている。

 アイリーンが胸に大事そうに抱えていたあれ……。もしかして、聖女への信仰が厚いメイドに頼んで、ディークに渡してもらった紙束じゃないわよね?

 メイドには読み終わったら必ず燃やすようにディークに伝えてと言ったから、大丈夫だと思うけど。

 私に恥をかかせたセレナやリオをこのままにはしておけなかった。でも、カルロスに結婚式まで大人しくするように言われたから、私は動けない。
 だから、私の代わりに動いてくれるように、ディークにセレナが『社交界の毒婦』と呼ばれていたという情報を流した。

 カルロスからもらった書類には、セレナは社交界の毒婦と呼ばれていたけど、その事実はなく全てウソだと書かれていた。だから、ウソの情報に惑わされて失礼のないように、とのこと。

 それを少しだけ修正して、ディークに渡してもらった。

 それを読んだディークは、きっとセレナに騙されたと思うはず。そして、私の代わりにセレナやリオに仕返しをしてくれることを望んだのだけど……。

 まさか、私達の結婚式の日に、セレナのメイドと護衛騎士を攫うなんて……ありえない!

 しかも、あっさりバレているし!

 ここまで無能だなんて思わなかった。ディークって本当に顔だけの男だったのね。

 謁見室では、いつも穏やかなカルロスが冷酷な表情で、なんのためらいもなくタイセン国王を北の塔に幽閉した。可愛がっているはずのディークだって部屋から出ることを禁止されている。

 私だって、この部屋に軟禁されているようなものだわ。

 それに、謁見室でのカルロスのあの言い方……。

 ――私がなんのために今まで恋に溺れた愚かな男の振りをして、あなたを欺き、神殿の後ろ盾を得たと思っているのですか?

 それって、本当は私のことが好きじゃなかったみたいじゃない?

 ――母上やディーク、ライラの側にいるときは、毒を盛られなかったので、こうして、なんとか生き残ることができました。

 毒を盛られないために、私の側にいたってこと? だったら、カルロスは……本当に私のことを愛しているの? でも、あんなに私のことを可愛い可愛いと褒めてくれていたんだから、大丈夫よね? 

 毒を避けるためという理由があったとしても、少なくともカルロスは、私の美貌の虜になっているはず。

 そのとき部屋の扉がガチャリと開いた。部屋に入って来たカルロスは、さすがに疲れているようで顔色が悪い。

「カルロス、大丈夫?」

 労わる私をカルロスは片手で止めた。その仕草が、まるで私を拒絶しているように見えて、私はビクッと体を震わせた。

「ライラ。大切な話がある」
「な、何?」

 カルロスはソファーに座るように勧めもしない。

「私が渡した書面を書き換えてディークに渡したな」
「……」

 私は咄嗟に返事ができなかった。カルロスの口調が側近と話すときのようになっている。

 今まで、私には優しく話しかけてくれていたのに。

「ディークから話は聞いている」
「知らないわ」
「アイリーンが証拠を持っていた」
「し、知らない……」
「すでに、お前のメイドから証言も得ている」
「お、お前……?」

 この私に向かって、お前?

 困惑する私を見てカルロスは苦笑した。

「本当に、ディークも君も……。やるなと言うことをここまでやり尽くすなんて。大人しくしていれば、私の命の恩人として、幸せに過ごせていたものを。本当に……可愛い」

 カルロスが私に向ける瞳の冷たさと、言葉が少しも合っていない。

 それに、結婚式の日に誘拐を起こしたディークを『可愛い』というなんて、どういうことなの?

 ディークなんて、使えない男なのに……。

 そこで私はハッとなった。

 いつも私やディークを『可愛い』と言ってくれていたカルロス。
 その『可愛い』をディークに相応しい『愚か』という言葉に置き換えてみる。

 ――ライラ、君は本当に『愚か』だね。

 私はカルロスをまじまじと見つめた。

「カルロス、あなた……。私やディークのことを、ずっと……『可愛い』と言いながら、『愚か』だと思っていたの?」

 心のどこかで『そんなわけないだろう』という返事を期待していた。でもカルロスは、肯定も否定もせず手を二度叩く。

 すぐに扉からぞろぞろと人が入って来た。貴族男性や女性、メイドや騎士も多く交じっている。

「ライラ、この者達を覚えているか?」

 どこかで見たことがあるような気がするけど、誰か分からない。

「この者達は、君やディークに苦言を呈した者達だ」
「……あっ」

 言われてみれば、私に嫌なことを言って来たので、カルロスにお願いして社交界から消してもらった人達が数人交じっているような気がする。

「この者達は、この腐った王宮内で、流されず正しいことをしようとした。だから、時期がくれば必ず王宮に呼び戻すと約束し、今まで王宮を離れて私のために働いてもらっていたんだ。ライラ、君達のおかげで忠誠心の高い優秀な者をたくさん見つけることができた。ありがとう」

 お礼の言葉とは裏腹に、この場にいる誰もが私に蔑むような視線を向けている。

「さてと。残念だが君には、これから多少の常識を身につけてもらわなければならない。今日のように余計なことをして、また事件を起こされたら困るからな」

 カルロスの言葉を受けて、数人が一歩前に出た。

「彼や彼女らが、君に王太子妃としての最低限の言動を教えてくれる」
「そんなっ!? 嫌よ! だって、この人達は、私のことを憎んでいるわ! ひどい目に遭わされるじゃない!」

 ため息をついたカルロスは、私にあきれているようだった。

「君と違って、この者達は、そんな無駄なことはしない。そうだな……大人しく教育を受けるか、父のようになるか選ばせてあげよう」

 タイセン国王は、北の塔に幽閉されている。

 カルロスは、「ちなみに、公務をしない王族など税金の無駄だから、私の戴冠式を終え次第、父には早々に消えてもらう予定だ」とニッコリ微笑んだ。

 それは、ようするに、カルロスが国王になったとたんに、元タイセン国王はこの世から消されてしまうということ。

 穏やかな笑みを浮かべるカルロスが怖い。

 どうして今まで、私はこんなにも恐ろしい人に、愛されていると思い込んでいたの?

 体の震えが止まらない。

「可愛いライラ。これからは、もう二度と私に可愛いと思われないように頑張ってくれ」

 カルロスは、私の髪を少しすくうと、美しい顔を近づけてキスをした。
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