Close to you


 ドアノブをつかんで開けると、「ただいま」を言う前に言い争う声が聞こえてきた。



「ですから、真弓にはお金を渡しているから用意しなくていいんです」


「奥様、それではお嬢様の健康に良くありません」


「食材をムダにしないでと言ってるの!」



 忍び足でリビングに向かうと、お母さんと知らない女の人が言い合いをしている──正しくは、女の人がお母さんをなだめている──場面に出くわした。



「ただいま」



 私がいつもより大きい声を出すと、お母さんと女の人はすぐに私に気づいた。



「あ、あぁ、お帰りなさい」


「お帰りなさいませ、お嬢様」



 お母さんはさっととりつくろって私に笑顔を向けてきた。


 女の人は深々と頭を下げてきた。ああ、そうか、この人は──



「家庭教師の先生がそろそろお見えになるから、すぐ支度なさい」


「はい」


「ではお茶の準備をしてまいります」


「戸棚に羊羹が入ってるから、それを出してさしあげて」


「承知いたしました」
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