シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「料理長」

 私は料理長の背に告げ、前に出た。
 拳を握りしめ、震えながら。

「奥様、悪いのは全て私です。どうか、お許しください」

 言いながら、頭を下げる。
 今までに下げたことのないくらい、深く深く。

「あなたね! 慧悟と何があったのか知らない。けれど、たぶらかしているんでしょう!」

「私は――」

「あの時にちゃんと伝えたはずよ! あなたと慧悟は結ばれないの!」

 知っている。
 知っているから、苦しい。
 私の胸の奥にあった不安が、むくむくと喉の奥から這い出ていくる。
 それを飲み込むのに必死で、私は何も言えなくなる。

「息子をたぶらかさないで! 幾美家を壊さないで!」

 奥様の悲痛な叫びが、私の胸を切りつける。

 やっぱり、私のしていたことは幾美家を壊している。
 私だって、壊したくなかったのに――。

 両拳は握りすぎて、爪が両手のひらに食い込む。
 うつむいて必死に涙を堪えていると、料理長が静かな、それでも威厳ある声で言った。

「申し訳ございませんが、本日はお引き取り願えますか?」

「……分かったわよ」

 奥様はそう言って、大きなため息をこぼして帰って行った。
 レセプションが急に静かになる。

「ほら、みんなお客様をお迎えする準備を」

 料理長が手を二回打ち鳴らすと、何事もなかったように皆が動きだす。
 けれど、私はそこから動けなかった。
< 102 / 179 >

この作品をシェア

pagetop