シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

18 諦めた夢と捨てる覚悟

 私はその日、オーナーの元を訪れていた。
 オーベルジュの最奥、事務室。

 騒ぎを聞きつけたオーナーが急遽出勤してきたのだ。

「オーナー、この度はご迷惑をおかけいたしました」

 椅子に腰掛けるオーナーに向かって、頭を下げる。
 12時を過ぎたこの場所は、オーベルジュのスタッフはランチに出ていて他に誰もいない。

「幾美家の奥様がおっしゃられていたことは、どこまで事実なのかな?」

「全てです」

 言い訳もできない。
 慧悟さんに好きだと告げ、抱かれ、身ごもってしまったのは私なのだ。

 たぶらかしたと言われても、過言ではない。

 オーナーは頭を下げたままの私に、顔を上げるよう言った。

「お腹の子も、もしかして……?」

「はい。申し訳ありません」

「そう……」

 オーナーは全てを言わずとも、悟ってくれた。
 だったら、話は早い。

「オーナー、ここを辞めさせていただけませんか?」

 私は手に握り締めていた辞表を、オーナーにそっと差し出した。

「前埜さんの事情と、仕事のことは別だと私は思うけれど」

 オーナーはそう言って、私の手にしたそれを受取ろうとはしない。
 だから、私はオーナーの座る机の前に、無理やりにそれを置いた。

 私の事情と仕事は別。
 けれど、私の事情はオーベルジュを巻き込んでしまった。

 それに、幾美家はこのベリが丘における有数の財閥の家だ。
 遅かれ早かれ、ベリが丘中に噂が広がってしまうだろう。

 私は、大好きな場所をこれ以上壊したくない。
 幾美家と同じくらい、このオーベルジュも私の大好きな場所だ。
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