シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

4 思い出のガトーショコラ

 手早くガトーショコラを作る。
 オーブンから取り出したそれを型から取り出す頃には、時計の針は十一時を過ぎていた。

 濃厚なガトーショコラに合わせるホイップクリームは甘みを抑えた。
 泡立てたそれを冷ましたガトーショコラに乗せ、ミントの葉とフランボワーズを添える。
 あの頃よりは上達しただろうケーキを二つ、ワゴンに乗せクローシュをかけた。

 付け合わせに選んだ紅茶はアールグレイ。ブランデーも用意した。

 レセプションに連絡し、今からお部屋に運ぶ了承をもらう。
 私はそっとワゴンを押しながら、慧悟さんの泊っている部屋へと運んだ。

 *

「失礼致します」

 ノックしたドアから、すぐに鍵を解除する音が聞こえた。
 扉がガチャリと音を立てて開き、私は部屋の前で頭を下げる。

「ガトーショコラを、お持ちいたしました」

「待っていたよ、希幸」

 優しく柔らかな声が聞こえて、顔を上げる。
 にこやかな笑みと視線が交わって、トクリと胸が鳴る。私は慌ててワゴンに手を伸ばした。

「どうぞ、入って」

 促され、私は慧悟さんたちの泊まる部屋に足を踏み入れた。
 宿泊スペースに入るのは、初日の見学以来だ。

 慧悟さんの泊まるこの部屋は、オーベルジュにある全ての客室の中でも一番広いお部屋だ。
 まるでどこかのお屋敷のような、高価な調度品たちがオレンジ色の間接照明に照らされ、輝いている。
 花柄の壁紙に囲まれた静かな部屋の中、パチパチと暖炉の火が優しい音を立てている。

 部屋の中を不躾にも見回してしまい、改めてこのオーベルジュの客層を意識させられる。
 と、同時に気づいたことがある。

「あの、彩寧さんは――」

「彩寧はいないよ」
< 20 / 179 >

この作品をシェア

pagetop