シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「バレン、タイン……?」

 口の中で、イベント名を繰り返す。

 もちろん、幼い私がそのイベントを意識していなかったわけはない。
 けれど、渡したくても渡せなかった。
 私が彼と結ばれないと知った、悲しい思い出がある。

 なのに、慧悟さんは期待していたなんて。
 胸が騒いでうるさくなりはじめようとして、すぐにある可能性に思い至った。

「バレンタインデーはショコラを送る日ですもんね。私じゃなくても、慧悟さんならたくさん貰っていたでしょうけれど」

 きっと慧悟さんは、私のドルチェが食べたかっただけだ。
 今もなお、ガトーショコラを夜中に作ってほしいと申し出るくらいの甘党なんだから。

 ふう、と息をつきえへへと笑って、慧悟さんの方を向いた。
 その左手に、高そうな金色の腕時計がついているのが目に入る。

 すぐに自身のコックコートを見下ろした。
 ガトーショコラを作ったままのそれは、所々にココアパウダーと思しき茶色い粉が飛んでいる。

 全然違う世界の人。
 結ばれるはずのない人。

 そう思えば思うほど、胸がチクチクと痛む。
 あの時に抱いた恋心は、仕舞うだけではダメだった。
 捨てなければいけなかったんだ。

「僕は希幸のチョコが欲しかったんだ」

 慧悟さんの言葉は優しくて、勘違いしそうになる。
 どうしょうもなく胸が疼いて、その度に『違う、ダメ』と言い聞かせる。

「そろそろ失礼しますね」

 居た堪れない気持ちになって、私は早々に席を立った。

「こちらも、もう片して――」

 慧悟さんのお皿に手を伸ばした。

 すると、その腕を慧悟さんの手が握る。
 え? と、立ち上がった彼を仰ぎ見る。

「希幸……」

 彼の反対の手が、私の頬に触れた。
 親指の腹が、私の目元を拭う。

 どうやら私は、泣いているらしい。
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