シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
「ご、ごめんなさい! 泣くつもりなんて……」

 慌てて彼の手から離れるよう後ろに退き、コックコートの袖で目元を拭った。

 本当は今すぐここから飛び出したい。
 けれどそれでは、あまりにも失礼すぎる。

「ねえ、希幸。僕がどうしてここに一人で泊まったのか分かる?」

「えっと……」

 そういえば、どうしてだろう。
 彼の家も、すぐ北のノースエリアにある。
 彩寧さんの家よりも、もしかしたら近いかもしれない。

 答えられないでいると、慧悟さんはふわりと微笑んだ。

「希幸と一緒にいられなかった時間を、埋めたかったからだよ」

「……?」

 私の方へ、慧悟さんは一歩近づく。
 私は思わず、一歩後ずさってしまった。

「見送りも行けなかった。一度もこちらに戻って来ずに、気付いたらフランスに行っていた。どこにいるのかも分からなくて、青空の下で同じ空見上げてるのかなって思うことしかできなかった。こんなに、希幸のことを好きなのに」

「……え?」

 慧悟さんは、今何て――?

 見開いた私の瞳に、変わらずに優しい笑みを向ける慧悟さんが映る。
 聞き間違いかもしれないと思うけれど、聞き間違いにしたくなくて訊き返せない。

 暖炉から、パチパチという木の燃える音が聞こえている。
 それ以上に、自分の胸の音が大きくて、そればかりが私の鼓膜を支配する。
 私と慧悟さんの間には、妙な空気が流れている。

「希幸も僕のことを好きなんだと思ってた。だから、あの日見送りに行けなかったことをすごく後悔したし、どうして僕に言ってくれなかったんだって思った」
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