シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~

8 幾美家のご夫妻

 早朝、私がまだ起きる前に慧悟さんは朝食を取り、オーベルジュを出て行ったのだと先程知った。
 顔を合わせなかったことにほっとして、私は朝の全体ミーティングをやりすごす。

 ミーティング後、厨房でクーベルチュールを計量しながら、私はチョコレートを渡せなかった帰り道のことを思い出していた。

 失恋したあの時は、もちろんものすごく落ち込んだ。渡せなかったチョコレートを、ショッピングモールのごみ箱に放って帰ったくらいだ。

 けれど私は、彩寧さんのことも大好きだった。
 大好きな二人が結ばれるなら、それでいい。恋心は胸の奥に押し込めて、二人を祝福しよう。

 そう思い直したから、パティシエールを志したのだ。

 それなのに。

 昨夜のことが脳裏をよぎる。
 私は、慧悟さんに抱かれてしまった。

 ため息をこぼすと、すぐに、あの日の幾美家の奥様の顔が頭に浮かぶ。
『一緒にはなれないの。ごめんなさいね』

 昨夜の私と慧悟さんとの過ちは、良くしてくれた幾美家への恩を、仇で返してしまったようなものだ。

 心に芽生えた罪悪感は、幾美家ご夫妻に会うまでに消さなければならない。
 私は、オーベルジュのデセール部門のシェフとして、彼らに最高のデセールを提供しなければならないのだ。
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