シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 厨房に戻り、ミニャルディーズの準備を始める。
 つぶしたフランボワーズをカスタードクリームと合わせながら、私はご夫妻の言葉を思い出していた。

 彩寧さんも、旦那様も奥様も。
 みな、私がコックコートを着てこの場所にいてくれることを喜んでくださる。

 それは、私がパティシエールとして出世したから。
 私はただの『パティシエール』であり、それ以上にはなれない。

 私は、財閥の人間にはなれない。
 どうあがいても、身分の差は超えられない。

『ふふ、本当にコックコートを着ているのね』

 奥様のその言葉を、私は皮肉のように感じてしまった。
 もちろん、奥様にそんなつもりはないだろう。

 幾美家の皆様は、清廉潔白で優しい人格者の家系だと、幼い頃に出入りしていたから知っている。

 心から喜んで、お祝いをおっしゃってくださっている。
 それを嫌味のように受け取ってしまう自分の卑しさが、嫌になる。
 こんな気持ちを抱いてしまうことが恥ずかしい。

 同時に、胸にあるのは優越感だ。
 昨夜、私が抱かれたのは他でもない、幾美家の御子息で嫡男なのだ。

 決して口外できない、秘密の一夜。
 無かったことにしなければならないそれは、私にとっては唯一自分の気持ちを正当化できる出来事でもある。

 ――この気持ちは捨てると、決めたはずなのに。

 悪いのは私。
 抱かれてしまった私。
 そう簡単に割り切れない自分自身に、なんともさもしさを感じる。

 勝手に動く手元は、デセールのプレートを彩っていく。
 私の心とは、正反対だった。
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