シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 やりすぎた……。
 冷ましたそれを食べてすぐ、ため息をこぼした。
 甘いショコラにほろ苦いキャラメリゼ、そこにベリーの酸味が合わさると、しつこいくらいに全てが自我を主張してくる。
 こうじゃない。

「はぁ……」

 私は誰もいない夜の厨房で、背中をのけぞらせ文字通り頭を抱えた。

 難しい課題を出されたわけじゃないのに、突然自分の前に高い壁が立ちはだかったように感じてしまう。

 今までこういう機会に恵まれなかったからというのもある。けれど今はそれ以上に、『失敗できない』プレッシャーがある。

 私はベリが丘の憧れ、『Auberge Le Belvédère(オーベルジュ・レ・ベルべデール)』のデセール部門のシェフ(責任者)なのだ。

 幾美家には恩がある。
 このオーベルジュにも、恩がある。

「よし!」

 両頬を両手でペチペチっと叩いた。
 弱気になっちゃダメだ、と自分を奮い立たせる。
 試作のプティングはボツにして、スケッチブックに新たな案を描き出す。
 今度はフルーツを変更して、クーベルチュールもホワイトにして――。

 そうしているうちに、スケッチブックのラフはメモでいっぱいになる。
 けれど、今夜もまた、何も作れなかった。

 私は肩を落としながら、ノロノロと寮へ戻る。
 焦る気持ちを胸に、次はどうしようとベッドに頭を沈ませた。
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