呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う

1.魔女の羅針盤

 さて、遡ること1日前。サーリス王国の王城にて、夜会が催されていた。広間にはがやがやと多数の貴族たちが集まる。豪奢なシャンデリア、磨き上げられた大理石の床。そこここに上質なテーブルが置かれ、人々のドリンクがそこに並んでいる。壁側にはソファがいくつも置いてあったが、今はまだ座って話をするような時間ではない。

 男性たちは政治の話。そして女性たちはもっぱら人々の噂話に花を咲かせていた。社交界というものはいつもそのようなものだ。話をしながら、入場の名乗りに聞き耳をたて、誰が来たのかをうかがっている。

「ナーケイド伯爵家より、マールト・レマンズ・ナーケイド様」

 広間の入口に金髪ですらりとした男性がその場に現れると、女性たちがみな色めき立った。男性たちは「ああ、やつが来たか」と笑い合って、そこそこ好意的な様子だ。

「まあ、御覧になって。マールト様よ」
「ああ、相変わらず素敵ですわ……第二騎士団長になってからというもの、更に男っぷりがあがったと評判ですものね。今日は伯爵代理でいらっしゃっているのね」
「まだ婚約者がいらっしゃらないのが嘘のようね」
「あら。あなたのところの娘さん、狙っていらしたんじゃ?」

 女性たちの噂の的になっている男性は聖騎士マールト。21歳。通称、白銀の騎士。金髪の髪に美しい碧眼、甘いマスク。すらりと立つその出で立ちは立派で、誰もが彼に憧れると言われているほどだ。ナーケイド伯爵家の次男で、現在第二騎士団長になったところだ。

 そして、入場の名乗りが続く。

「ユークリッド公爵家より、ノエル・ホキンス・ユークリッド様」

 ざわざわと女性たちは手にした扇子で口元を隠しながら、男性たちはこそこそと噂を始める。

「あら……ノエル様もいらしたのね」
「ノエル様も先日第三騎士団長になったというお話ですわ」
「パートナーが必要ない会だから来たんだろうな」
「ノエル様がパーティーにいらっしゃるなんてお珍しい……あの陰気な仮面を見ると憂鬱な気持ちになりますわね……」
「シッ、聞こえてしまいますわよ……」

 マールトの次に入場したのは、同じく聖騎士ノエル。24歳。黒い髪に赤の瞳、顔の上半分を覆う仮面をつけている。その髪色と瞳の色で、ついた名前が夕闇の騎士。鼻筋の感じすら隠してしまう仮面は、幼い頃にうけた呪術の解呪後、残ってしまった醜い痕を覆っているのだと言う。マールトと並び立つと、いくらか肩幅ががっしりしている。彼もまた聖騎士の称号を得た稀有な存在であったが、人々には「聖」騎士って感じがしないと陰で言われていた。

 彼らは現在、このサーリス王国で唯一聖騎士の称号を得ている。いわゆるエリート中のエリートだ。2人はライバルでもなんでもなく、マールトはノエルに親しく話しかけ、ノエルはそれを面倒くさそうに、だが邪険にせずに共にいる。そういう仲だ。マールトが二ヶ月前に第二騎士団長に抜擢されてからそう時間がかからず、ノエルもまた第三騎士団団長になり、以前ほど共にいる時間がなくなった彼らが仕事以外で共に並ぶのは久しぶりだ。

 酒が入ったグラスを2人が給仕から受け取るのとほぼ同時に、国王と王妃の入場が高らかに告げられた。人々は手にしたグラスを一旦テーブルの上に置いて、頭を下げる。

「良い。みなの者。頭をあげるがよい」

 国王からの言葉に合わせ、人々はゆっくりと頭をあげた。パーティーの場ではあったが、ここは王城。当然のように玉座が用意されており、そちらに国王と王妃は座っている。

「明日から5年ぶりに王妃が里帰りをする。3ヶ月、王城を留守にするので、みなの者、今日は王妃と語り合うが良い」

 たったそれだけのためにパーティーか、とノエルは心の中でため息をついた。これから、数多くの貴族が王妃に声をかけるために並ぶのだろう。まったく、面倒なことだ。

 顔に出すも出さないも仮面だからバレないと思っていたが、マールトがこそっとノエルに声をかける。

「顔に出ているぞ」
「馬鹿な。仮面で顔なんて見えないだろうが」
「ははは、だが、当たっているだろう?」

 むう、と口をへの字に曲げるノエル。と、国王がその時「第二騎士団長、マールト・レマンズ・ナーケイド」とマールトを呼んだ。

「はっ」

 慌てて一歩前に出て膝をつくマールト。

「明日から、第二騎士団に王妃の護衛を命じる。3ヶ月の遠征、王妃をくれぐれも頼んだぞ」
「はい。第二騎士団の名誉にかけて、必ずや王妃様をお守りすることを誓います」
「うむ。その言葉、忘れるではないぞ。では、みなの者、しばらく歓談をしつつ、踊りたい者は踊るが良い」

 正式な行事というわけでもないため、乾杯は省かれた。が、その国王の宣言と共に、マールトのところには貴族令嬢たちが一気に群がる。そして、他の人々は王妃に声をかけるタイミングをうかがっているようだ。

「マールト様、もし、よろしければわたくしとダンスを……」
「あら、マールト様、是非ともわたくしと……」
「レディたち。申し訳ないのですが、少々彼と話がありまして。それが終わってからでよろしいでしょうか」

 マールトが言う「彼」はノエルのことだ。ノエルを出されてしまえば、貴族令嬢たちは渋々従わざるを得ない。あら、そんなお話の前に、まずは一曲……と無理強いを出来る相手ではないとわかっているのだ。

 正直、自分の名を出せば良いと思っているんだろう、とノエルはいささか不満だったが、どうやら今日のマールトはきちんと「話すこと」があるようだったので許した。

「ノエル。ちょっと」
「ああ」

 2人はグラスを手に持って、早々にバルコニーに向かった。
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