呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「ノエル、明日例のポーションの受け取りに行く約束をしていたんだけど……」

「ああ。お前、明日から遠征だよな」

「そうなんだよ。だから、ちょっとポーションの在庫をお前の騎士団の在庫分から分けてもらって良いだろうか?」

「ああ、勿論だ」

「それで、ポーションも取りにいって欲しいんだ。金の受領があるということと特別な品だから、第一騎士団長か第二騎士団長のみに権利が与えられていたんだが……」

 彼が言う「例の」ポーションと言うのは、城下町を外れた郊外の湖近くに住んでいる「魔女」が作るポーションだ。普通に流通しているポーションより随分と効きが良く、しかもそこには魔力を含まないと言う。材料の確保や製法に時間がかかるため、決まった数しか作れない。

 そして、あまりそれを大っぴらに表立って知らせれば、人々がその魔女のところに群がってしまう。それを回避するため、歴代の第一、第二騎士団長だけがそのポーションの授受を行っていたのだと言う。

 第一騎士団長は三十台後半で、彼らにとって先輩だ。マールトはその第一騎士団長からポーションの受け取りを2ヶ月前から依頼をされ、既に何度か魔女の家にいっているのだと言う。さすがに、もう一度第一騎士団長に任せるわけにもいかないので……と彼は続けた。

「ああ、それなら俺が行こう。しかし、魔女か……」

 ノエルは少しばかり警戒をする。彼らの周囲にも「魔法」を使う者は何人かいるが、魔女となると話は違う。普通、魔力を持つものたちは属性を持ち、その属性に従って術を覚える。が、「魔女」はそうではない。属性を特に持たず、ありとあらゆる魔法を使いこなす者だと聞いた。
 
 その中でも「魔女」の特徴は、多くの物理的なものを作り出すこと。薬師でも作り出せない薬を作り、錬金術師でも作り出せない物を作り出す者。それらの頂点に立つ者が魔女と呼ばれる。そして、そんな人物は滅多にいない。いや、伝説のような、幻のような、とすら言われている。

 そのポーションを作る魔女は、王城にも、魔法研究所にも、どこにも属していない「野良」らしい。だが、野良なのに腕が良いと。

「魔女と言っても普通の女性だ。少しのんびりしたところがあるぐらいの」

「そうか。わかった。お前は気にせず、遠征に行って来い」

「助かる。いやあ、しかし遠征とは言っても、王妃様のご実家に行って、狩猟祭に参加をするだけなのでね……」

「5年に一度の行事だ。頑張れよ」

「ありがとう。これ、魔女の森までの地図。それから、これが『魔女の羅針盤』だ」

「羅針盤……?」

 そう言ってノエルはマールトから薄汚れた小さな羅針盤を受け取った。手のひらに乗せたそれはどう傾けても針は動かない。マールトはノエルに地図を広げさせた。

「城下町を抜けて、郊外に出て、ここにある森に入って欲しい。そこからは、この羅針盤が示す方角に進むんだ。この羅針盤がなければ、魔女の家にはたどり着かない」

「そうなのか……? よくわからんが……」

「よくわからないところが、魔法なんだろう。だから、これは絶対に無くさないでくれよ」

「わかった」

「金は、明日経理担当者からもらってくれるかな」

「うん」

 そこまで説明すると、マールトは「仕方がないので、ダンスでもしてくる」と肩を竦めた。彼は誰にでも愛想が良いが、本来はそこまで社交的なわけではない。今日は伯爵家の代理で参加をしているが、彼はなんだかんだやはり「聖騎士」なのだ。

彼が率いる第二騎士団は明日の朝から王城に行き、そこから王妃の里帰りに付き合わされる。王妃の里帰り先は、馬車で4日はかかる辺境の土地。そして、行った先で2か月半ほど滞在をして、そこで行われる狩猟祭に参加をするのだ。それが、5年に一度は行われる一種の王室恒例行事だ。

 だが、マールトはそのことを特に気負わない。彼はそういう人物だった。彼にとってはすべてのことが「その程度か」と言えるようなことで、彼の心を焦らせることがない。それが彼の長所でもあり短所でもあった。人々は、第二騎士団長就任後にすぐそんな任務が……と彼を憐れむ者もいたが、彼自身は「3か月は長いなぁ」程度にしか思っていない様子だ。

 ノエルは「やれやれ」と呟き、中に戻るマールトを見送った。それから、星空の下で羅針盤と地図をもう一度眺める。羅針盤がなければ魔女の家にたどり着けないなんて、なんとも眉唾ものではないか……そう思いながら。
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