呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「どうしてそんなものが? 君はそれを作れるのか?」
「いいえ、もう、これは誰も作れません。先代の魔女様が作って、そのあまりの効き目に、外に出すことを止めたものです。ごめんなさい。先日、これが置いてある棚の掃除をちょうどしていて、机の上で混ざってしまったのですね……! ああ、ああ、これがなくなっていたことに気付かなかったなんて、わたしったら、本当に……」

 そう言ってエーリエは真っ赤になった。どうやら彼女は少しばかりおっちょこちょいらしい。先ほどまでの説明をしていた彼女はもういない。あわあわと、言い訳を少ししてから、彼女は

「あの、では、今からポーションをお作りしても良いでしょうか……」

と、ノエルに尋ねた。

「時間はどれぐらいかかる?」
「1からなので……ああ、でも、半刻もいらないぐらいです」

 それならば頼もうか、とノエルは思う。彼とてあまり暇ではない。だが、今日は王城での仕事も多くなく、執務は片付けて来た。騎士団の訓練は午前中に終わらせている。

 エーリエはしょげて、伏目がちだ。

「本当にごめんなさい……」
「ああ、いや、誰が飲んだわけでもないし。別に良い。しかし、そんなポーションも作れてしまうのか、魔女というものは……調合師や錬金術師でもそうはいかないだろう」
「先代の魔女様は、調合師の系譜でいらしたようです。文字をお読みにならない方だったので、先々代の魔女様から口伝えのものに限られてたようですが……わたしは、調合方法は存じ上げていますが、作っても同じ効果は発揮できません」

 ということは、彼女の力は先代の魔女に及ばないということなのか。ノエルは「なるほど」と小さく頷いた。

「そのう、わたしは先代の魔女様のように、魔女の才覚があってそうなったのではなく……この森で生きるために魔女にならざるを得なかったので……あっ、お茶を淹れてまいりますね!」

 そう言って、エーリエは慌ただしくバタバタと厨房に入っていった。

(しかし、誰もが魔女になれるわけではない)

 単に「魔力」というものを持つ者だけならば、探せばそれなりにいる。だが、魔女となると、四大属性と言われる属性を跨いでの魔法を使える存在だし、人によっては神官や聖女のように光属性も使えるとも言われている。それだけで、一気に探すことが難しくなる。

 ならば、エーリエはそれなりの才覚があったのだ。先代の魔女様、と彼女は言っているが、遺伝ではないということか……そんなことを考えていると、エーリエは茶器を持って再び姿を現した。また前回のようにテーブルにそれらを並べる彼女に向けて、ノエルは「先日は飲まなかったのだが」と言った。

「あっ、はい。でも、そのう、そういう気分だっただけなのかと思いましたので……」

 なるほど。そういう気分。ノエルは心の中で小さく笑って「そうだな。そういう気分だったんだ」と嘘を言った。エーリエはおずおずと尋ねる。

「では、今日はいかがでしょうか」
「今日は、そうだな。いただこうか……」

 ほんの二度目の訪問ではあったが、なんだかこの家、いや、湖の周囲は気が緩む。何より、ここには彼が持っている羅針盤がなければたどり着けない。彼にとって、余計な人目を気にせずに済むことは大きかった。何より、エーリエの人柄をノエルはなんとなく気に入った。

 エーリエが何か期待を込めた目で見ている中、ノエルは茶を飲もうとカップを持ち上げる。と、彼女は慌てて

「あの、仮面のまま、飲めるのですか?」

と尋ねる。

「? ああ。大丈夫だ」

 彼の仮面は顔の上半分を覆うものだから、まったく口をつける分には問題はない。ノエルは「それぐらい見ればわかるだろうに」と思ったが、どうもエーリエの様子がおかしい。

「そうなんですか……あっ、確かに、お鼻のところまで……です……かね? そのう、どういう意味があってつけているのかは存じ上げませんが……わたしはお顔が見えませんので、外していただいて結構ですよ」
「……何? どういうことだ?」

 その言葉の意味がわからず、ノエルは尋ねた。すると、エーリエは少し困ったように告げる。

「その、わたし、人の顔が……見えなくてですね……」
「何だって?」
「生まれつきなんです。生まれてからずっと、今まで、人の顔がまったく見えなくて……あっ、体は見えています。ですから、その、仮面を外していただいても問題がないので……はい……」

 そう言って儚げにふわりと微笑む彼女を、ノエルは驚きの表情で見つめ、咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。
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