人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

2.

 なんとなく、あちらの露店と雰囲気が異なるような気がした。何が違うのかはわからないが、これが違和感と呼べるものかもしれない。
《どうしたの? ルシア……》
 実体のないクレメンティは、『∵』の群れをすり抜けている。ルシアはその群れを避けるようにして歩かねばならない。
「ん? まぁ、なんとなく。変な感じがしただけ」
 まるで、独り言のように呟く。他の人からは間違いなくそのように見えるだろう。
《ルシア、こっちよ!》
 ふわりとクレメンティが速度を上げて飛んでいく。ルシアはそれを見失わないようにと、『∵』の隙間を縫うようにして彼女を追った。
 クレメンティが案内した焼き菓子の露店の前には行列ができていた。皆、自分の番を今か今かと待っている。
「一度食べたらクセになる味なのよね」
「そうそう。ものすごく美味しい」
「私、毎日、買いにきてる」
「今日は、どの味にする?」
 まるで焼き菓子の魅力に取り憑かれたかのよう。
「へぇ、評判がいいのね。楽しみだわ」
 クレメンティにだけ聞こえるように、小さな声で呟く。
《でしょ、でしょ? クレメンティ様は、隠れた名店を探すのが上手なのよ》
 ルシアに褒められて嬉しかったのか、露店の上をぐるぐると旋回する。そしてそのまま、どこか別の方角へと飛んでいった。彼女が言うところの、偵察にちがいない。
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