人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 露店の店主の腕がいいのか、行列は長い割にはそれほど待たずにルシアの順番がやってきた。回転率のよい店なのだろう。
「うわ。どれにしよう。迷う……」
 おもわず声が漏れてしまう。それだけ、焼き菓子の種類が豊富だった。クッキーだけであっても、さまざまな形や色がある。そのほかにも、キャンディやケーキ類、そして小腹を満たしてくれるような小さなパン類。
「あら? はじめて?」
 ルシアが悩んでいると、露店の『∵』が声をかけてくれた。声と体格から察するに女性である。
 露店で働いているのは彼女だけではなく、他にも数人いて、手際がよい。
「あ、はい。美味しそうな焼き菓子店があるって聞いて……」
「嬉しいことにね。みんな一回買うと、次も買いに来てくれるの。はじめてなら、無難にこの辺がいいかしら」
 女性は、クッキーが詰め合わせになっている袋を手にした。
「形もいろいろあるんですね。味も違う?」
「えぇ。色によって味が違うの。何味かは、食べてみてのお楽しみってことで」
「では、それを一つお願いします」
「ありがとうございます」
 元気な女性店員にお金を払い、ルシアはほくほく顔で行列から抜けた。
 カイルに思わぬお土産ができた。治癒院に帰るため、大通りから脇道へとそれる。
 いつの間にか、クレメンティが戻っていた。
「クレメンティ、ありがとう。カイルへのお土産ができた」
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