人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

4.

「……今のひとことが、何よりもダメージが大きいかもしれません。ルーファ師長、私に治癒魔法をかけていただけないでしょうか」
「何を言っている。ルシアの言葉には毒があるんだ。治癒魔法よりも解毒薬のほうが効くだろ」
「お、お義父さん。ひどい」
「それよりも、カイルを迎えに行ったほうがいいだろう。もう、こんな時間だし」
 そうだった。普段では、とっくに治癒院を閉めている時間である。
「ホレスさん。では、また……今日の件は、あとでゆっくりと報告しますので」
「ルシアもお元気そうで何よりです。ただ、今日のような無茶はもうなさらないでくださいね」
 ホレスが自身の頬を指さして、ルシアもはっとする。
 本来であれば、当て布をして顔を隠さなければならない。けれども、そんな状況ではなかった。顔を知られるとか、そんなことを考える暇すらなかった。
 子どもたちが苦しんでいたから。
「え、と。ではホレスさん。また、あとで」
 頭を下げたルシアは、治癒院を飛び出した。すっかりと日は暮れたが、大通りのほうからは灯りが漏れており、黒い空を下から照らしている。
 いつもカイルを預けている向かいの家で呼び鈴を鳴らすと、人のよい婦人、しかし顔は『∵』が出てきた。
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