人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

3.

 さっとベッドを下りて、調薬の場所へと移動する。
 棚には鍵がかけられており、扉を開けると、さまざまな薬草がずらりと並んでいた。ここにある薬草は、単品で摂取しても身体には害をなさないものばかりである。それでも幼いカイルがいることと、盗難の恐れもあることから、薬棚にはしっかりと鍵をかけていた。
 その鍵も魔法によるもので、ルシアかルーファしか開けられないようになっている。
《なぁんだ。普通の薬か》
「もう。どんな薬を作ると思ったのよ」
《媚薬、とか?》
 嬉しそうにクレメンティは、ルシアの頭の上をくるくると回っていた。
 媚薬には、苦労した思いしかない。ベッドの上で眠っているカイルを遠くから見やる。
 父親はわからないが、多分、あの人だろうという心当たりはある。
 騎士団の昇格試験の日、媚薬によって妨害されそうになった彼だ。騎士服を着ていたからそうだろうと思った。それ以外はわからない。何しろ顔は『∵』。
 その場にクレメンティもいたが、クレメンティも人の顔が『∵』に見える仲間だ。だから、彼女にあのときの相手を聞いてもわからないだろう。
(まぁ。カイルがかわいいから、いいんだけど……)
 だからきっと、相手の男もそれなりの美丈夫なのだろうと思っているのだが。
 かっと頬が熱くなった。
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