人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

3.

「恐れ多いです。ですが、ここにいる治癒師は皆、そう思っています。ルーファ師長はルーファ師長であると……あっ」
 そこでホレスはひときわ変な声をあげた。
「師長が駄目なら、師匠ですね。ルーファ師匠。これなら、問題ないでしょう?」
 ホレスが、なぜか自信を持って胸を張っている。
 そんな彼の姿を見たルーファは、その呼び方で妥協した。
「ルシアには、部屋を用意してあります。そちらで着替えてから、治癒室に入ってきてください」
 ルシアはホレスより部屋の鍵を受け取った。治癒師としてここに居る以上、顔も髪も隠さなければならない。それが規則。
 治癒師の白色の長衣。そして、草色の当て布で顔と髪を覆う。
 姿見で自分の姿を確認したルシアは、ふっと息を吸った。なんとなくだが、昨日よりも今日のほうが魔薬中毒者は増えるような気がする。そして、夜間は我慢していたり様子をみていたりした人が、朝から治癒室に駆け込んでくるに違いない。
 ルシアが治癒室の扉を開けると、懐かしい薬の匂いが顔を包んだ。
「ルシア。準備ができてなら、私の補佐に入ってください」
 すぐにホレスに声をかけられ、さらっと他の治癒師に紹介される。
「今日からルーファ師匠と共に、治癒師としてここを手伝ってくれるルシアです。中には知っている者もいるかもしれませんが、ルーファ師匠の娘でもあります」
 ルシアもそこにいる治癒師をぐるりと見回した。顔に布を当てているのは女性の治癒師だが、その色でなんとなく誰かがわかった。他の男性治癒師は、以前と変わらず『∵』である。もちろん、隣にいるホレスも『∵』。
「先ほども私から説明はした通りですが、昨日から魔薬中毒の患者が増えています。とくに、幼い男児に多い。原因を突き止める必要もありますから、いつから症状が出たのかなど、聞き取りも頼みます」
「はい!」
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