人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 ルシアはホレスと共に、準備に取りかかった。四年前までここにいたが、四年も経つと変わったような気がする。それをホレスに言うと「そうですか?」と首を傾げていた。つまり、ずっといる者にとっては感じないような、そんな些細な変化なのかもしれない。
 カンカンカンと定刻を知らせる鐘が鳴る。これは、務め開始の時間を知らせる鐘でもある。
「では、ルシア。気を引き締めていきましょう」
 ルシアは返事をせずに、ゆっくりと頷いた。王宮治癒師として働く以上、できるだけルシアという個性を表に出してはならない。それが、女性治癒師、ルシア自身を守るために必要なこと。だから、ルシアはホレスと共に治癒にあたるのだ。彼も患者がいる場所では、けしてルシアの名を、他の女性治癒師の名を口にしない。どうしても名指しで呼ぶ必要がある場合は、当て布の色で呼ぶ。だから今日は久しぶりに「草色の君」と呼ばれるのだろう。
 懐かしい気持ちに顔をほころばせると、すぐに治癒室に誰かがやってくる気配がした。
 治癒室で治癒を受ける者は、まずは窓口を担当する者がざっと怪我や病気の症状を確認する。判断できない場合は、師長が呼ばれることもある。となれば、今日はホレスだろう。
 そこで症状によって担当する治癒師を決めるのだ。治癒師だって万能ではない。得手不得手がある。ルシアが解呪が得意であるように、怪我の治療が得意な者、解毒が得意な者といる。
「師長。すみません」
 ホレスとルシアに当てられた治療室に、窓口の女性がやってきた。彼女の話を聞いたホレスは「わかった」と小さく頷く。
「今後、似たような症状の患者が来たら、空いている治癒師に回してくれ。その件は、こちらでも理解している」
「わかりました……」
 彼女は不安げに顔を曇らせながら、自分の仕事へと戻る。
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