人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 なんとかクレメンティは身体を起こした。その顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。手巾でぬぐってあげたいところだが、残念なことに彼女に触れることはできないのだ。
「クレメンティ。ひどい顔をよ。泣かないで、ね?」
《うぅ、ルシア~》
 ふわふらと飛んできた彼女は、ルシアの首元にしがみついた。といっても、そう見えるだけで、そのような感覚は一切ない。
《怖かったの、怖かったのよ~》
「え?」
 このクレメンティが怖いだなんて、いったい何が起こったというのか。どちらかといえば、クレメンティの存在のほうが怖がられるはずである。
「どうしたの? 何があったの?」
 しがみつくクレメンティをなだめる。しばらくすると、クレメンティも落ち着いたのか、ぽつぽつと話し始めた。
《せっかくの王宮だからね、私もほら、暇だし。ふらふらっとお散歩にいったわけ》
 いつもは探検と言うくせに、今にかぎっては散歩になっている。
《それでね、またまたあいつを見つけたわけ》
「あいつ?」
 クレメンティのいう『あいつ』に残念ながら心当たりがない。なにしろ、彼女は二百年前に生きていたのだから、その『あいつ』が二百年前の人間の可能性もある。例えば、肖像画で見たとか。
《あいつといったら、あいつしかいないでしょ。ほら、ルシアに私がかけた呪いの解呪を依頼してきたあいつ》
「あ~、あいつね。名前は……え、と。なんだっけ?」
《んとね、ほら。ほら、あれ、あれよ、あれあれ》
 二人で必死にあの男の名前を思い出す。騎士団に所属しながらも遊び人だったあの男。あの男に涙を流した女性は数知れずとされも言われている。
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