人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 後ろのルシアを見やって、見張りの騎士に声をかけると、相手も納得したようだ。
 騎士の肩書きはこういうときに役に立つ。王族でありながら騎士という立場は、何かと便利かもしれない。
 回廊をしばらく進み、近くに人がいないのを確認してからカーティスは立ち止まる。
「ここまで来れば大丈夫だろうか」
「そうですね……あの、カーティス殿下……」
 先ほどからルシアが名前を呼んでくれている。少しだけ、心を開いてくれたのだろうか。
「なんだ?」
「私が独り言を言っても、気にしないでくれますか?」
「独り言?」
 独り言を口にする者は、カーティスも何人も見てきた。だからわざわざそうやって、宣言されなくてもいいのだが。
「あ、ああ。何かを考えるときなど、夢中になれば、つい口から言葉が出てくることはある」
「それは、そうですけど……とにかく! 気にしないでください」
「わ、わかった」
 彼女はまた宙を見て、力強く頷いた。
「カーティス殿下、こちらです……」
 まるでこの場所を知っているかのように、ルシアは走り出した。
 回廊が二手に分かれると、迷うことなく右に。一度、外に出て、騎士棟の裏から建物内に入る。ルシアがこのような場所を知っているとは思えないと考えつつも、彼女の後ろをついていく。
「クレメンティ。本当にここなの? 何もないけど?」
 急に聞いたことのない名前を口にしたルシアに、カーティスの心臓はドキリと鳴った。
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