人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
第一章:人の顔が『∵』に見える呪いにかけられています

1.

 ロプス大陸の中央にあるベスティア王国。昔は魔力に満ちていた国ではあるが、今ではそれが全盛期の十分の一以下になってしまったと言われている。
 魔法を使える人間も十人に一人いるかいないか。治癒魔法が使えたり魔力を含んだ治癒薬を調合できたりする治癒師となれば、さらにそれ以下の割合。だから、魔法を使える人間は貴重であり、治癒師となればもっと貴重な存在であった。
 彼らはたいてい王宮に仕え、王宮魔法使いやら王宮治癒師やらを名乗っている。国に縛られるのが嫌いな者は、ふらふらと野良魔法使いやら野良治癒師となって、好き勝手に商売を行っていた。たまに、法外な値段をふっかける者もいるらしい。
 しかし、王都ケラスのはずれにある治癒院は、とても良心的であり、そこで暮らしている民にとってはありがたい存在となっている。
「ルシアちゃん」
 来訪を告げるカランコロンという鐘の音と同時に、名前を呼ばれた。声色から察するにやってきたのは、パン屋の女将のマリ。
 ルシアは義父が開いている治癒院を手伝っている。以前は王宮治癒師として働いていた彼女だが、とあることをきっかけに辞めた。そして、治癒師の力があることを隠して、ここで働いている。背中まで伸びる薄紅色の髪は、邪魔にならないように高い位置で一つに結わえていた。
「こんにちは、マリさん」
 ルシアは、鈍色の瞳でじっと彼女を見つめた。足下から胸元まで視線を走らせて、その体格からマリであると判断する。顔はわからない。
 なにしろルシアは、人の顔が判別できない。
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