人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
 馬車も通れるような道幅のレンガ路であるが、両脇には露店のテントが建ち並び始めている。いつもとは異なる王都の様子に、ルシアの気持ちも高まっていく。
「ルシアちゃん」
 橙色のテントを張り終えた場所から、ルシアの名を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「あ、ミオさん。お祭りの準備ですか?」
 テントの下にいたのは、焼き菓子店を営んでいるミオだった。ルシアよりも五歳ほど年上の彼女が作る焼き菓子は、口に入れた途端、ほろほろと溶けるほど美味しい。
「そうよ。せっかくのお祭りだからね。たくさん売らないと。お祭りのための焼き菓子も出すよ」
「ええ。食べたいです。カイルと買いに来ます」
「早く来ないと、売り切れちゃうかもしれないよ?」
 からっと笑ったミオは、よほど自信に溢れているのだろう。だが、残念なことにルシアには彼女の顔も『∵』に見える。
 きりっとした顔立ちをしているのだろうなと、声と体格から勝手に妄想している。
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