人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!

3.

「明日が凱旋パレードでしょ。その時間に合わせて、露店も開くからね」
「そうなんですね。楽しみです」
 他愛のない話をしてから、目的地へと目指す。
 薬草店は、大通りから一本脇に入った路にある。馬車が入ることのできない路地。
 木目調の扉を押し開くと、来店を告げるベルがガランガランと鳴る。
「いらっしゃい。あ、ルシアちゃんか。今日はどうした?」
 薬草店の店主は、長くて白い顎髭が特徴的な初老の男である。見るからにルーファよりも年上で、ルーファすら子どものようにあしらってしまうのだが、やはりルシアには『∵』に見えた。だから、彼が自慢する顎髭も、まだ目にしたことがない。
 店主が顎鬚を自慢しているのは、ルーファから聞いたのだ。
「お義父さんから頼まれて。こちらのものを仕入れたくて」
「どれどれ。……ほぅ。あれだね。祭りに備えてってことだね。こっちも、多めに入れておいたよ。騎士団が戻ってくるかもしれないという話を聞いてね。早めに動いて正解だった」
 ルーファが仕入れたいと思っている薬草は、痛み止めや酔い止めの薬に使うものが主である。
「やっぱり、お祭りってすごいんですか?」
「まぁ、そうだねぇ? こんなに盛大な祭りは十年ぶりかもしれないね。ほら、二年前のローラン殿下の結婚式は、まだククトの件があったからね。パレードも王宮の周囲だけでひっそりと行われたしね」
 そう言われるとそうだったかもしれない。第一王子のローランが結婚したのは知っている。だが、パレードが行われただなんで知らない。二年前といえば、カイルのことで手一杯だった時期でもある。
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