人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰かがわかりません。英雄騎士様が「この子は俺の子だ」と訴えてくるのですが!
第五章:息子の父親は『∵』です

1.

 ルシアは目の前の男性を足下から頭のてっぺんまで視線を這わせた。
 真っ白い式典用の騎士服は金銀糸の刺繍が細やかに施されている。それよりも胸元に輝く勲章。
 ルーファは目の前の『∵』を、第二騎士団長のカーティスであると紹介した。第二騎士団長といえば、この国の第二王子であったと記憶している。いずれ立太子するだろう第一王子を補佐すべく、騎士団へと入団したという美談もあったはず。
 そのような人物が、なぜ目の前にいるのか、さっぱりわからなかった。
 いや、ルーファが元王宮治癒師であり師長であったことを考えれば、妥当なのかもしれない。それだけ王宮治癒師という地位は高い。
「はじめまして、ルーファの娘のルシアです。こちら、私の息子のカイルです」
 淑女の礼とはほど遠いかもしれないが、ルーファに教えられた通りドレスの裾をつまみ、腰を折った。
 ざわっと周囲の声が耳に入る。何が起こったのだろうか。
「ルシア嬢、一曲踊っていただけないだろうか?」
 目の前の『∵』が、手を差し出している。
 さらに周囲がざわつく。ルシアは困って、ルーファを見やる。
「カイル。じぃじのところへおいで」
 ルーファはカイルを抱き上げた。するとまた、ざわざわと人の視線を感じる。先ほどから何があるのか。
「ルシア。少しは踊れるだろう?」
「え、えぇ」
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