ニセモノカップル。
神楽くんの話を聞いてると、七瀬さんたちの暴走っぷりは想像以上だった。
入学してすぐに告白されて、はっきりと断ったらしい。だけど「彼女いないならチャンスあるよね。私のことを好きになるはずだよ」と言って諦めず、後を付け回したり、待ち伏せを繰り返していたとか。

「大変だったね」
「本当にまいったよ。あ、ここが俺ん家」
「……え、ここ? 神社ですよ?」
「そう。家が神社なの」

慌てて鳥居を見る。鳥居に掲げられた額には『神楽神社』と書かれている。

「親の都合で越してきたけど、じいちゃんが神主なんだよね」

不良とは正反対みたいな家の人じゃん!!
私は思わず転びそうになる。

「……びっくりしました。この神社、初詣でいつも来てます。まさか神楽くんの家だなんて」
「似合わねーだろ? でもそのまさかなんだよな」
「いや、似合わないなんてことは……」
「気、使わないでいいから」

おずおずと彼の後ろをついていく。
神社って、なんだか静かで、不思議な空気がある。

「おじいちゃんが神主ってことは、手伝ったりするんですか?」
「時々な。巫女さんがいないときはかわりに手伝ってる。だりぃよ」
「それって巫女さんの制服?を着るんですか」
「着させられる。動きにくいんだよあれ」

神楽くんの巫女さん姿……想像すると、すごくかっこいいかも。
妄想していると、彼の歩みが止まる。

「あいつら、やっぱりまだついてきてるな」

そう聞いて後ろを見ると、鳥居の影に誰かが隠れた。
黒いツインテールがはみ出している。どう見ても早乙女さんだ。
本当に尾行してきてるんだ……。

「で、これからどうするんですか?」
「あいつらが納得して帰るまで、ここで喋ろうか。ちゃんと送るから安心しろ」
「……わかりました」
「なに? 家の中に入りたいならそれでもいいけど。今誰も家にいないぞ」
「ここでいいです!」

まったく、彼は冗談で言ってるのか本気で言ってるのかわからなくて困る。
神楽くんが石垣に腰かけたので、私も同じようにする。

何だか手持ちぶさたになって、少しだけ気まずい。

「あ、忘れてた」

神楽くんは思い出したかのように、パッと私の手を取った。
遠くの方で悲鳴が聞こえる。おそらく七瀬さんだ。

「ちゃんと見せつけとかなきゃな」
「そ、それはそうなんですけど……」
「ねぇ、お姉ちゃん誰?」
「あ、私は――って!?」

小学生低学年くらいの女の子が、いつの間にか横に座っている。
色白・黒髪・おかっぱに赤いスカート。典型的なその姿は、まさか……?

「これ、俺の妹な。神楽(かぐら)(りん)、小学二年生」
「で、ですよね! あはは! 急に声かけられたからびっくりしちゃって!」

神楽くん、妹がいたんだ。あらためてよく見てみる。
この鋭い目、たしかに神楽くんに似てるかも。

「お姉ちゃん、私のこと幽霊だと思った?」

――ギクリ。

「そ、そんなはずないでしょう……あは」

とても勘の鋭い子のようだ。

「で、お姉ちゃんは誰なの? 鳥居の前にいた、変なお姉さんたちの仲間?」
「凛、あいつらとこいつは違うから安心しろ。今、俺の彼女をやってもらってるんだ」

神楽くんの説明を聞いて、凛と呼ばれたその子の顔が、ぱぁっと明るくなる。

「お兄ちゃんの彼女? ていうことは、凛のお姉ちゃんになるってこと?」
「いや、そういうことでは……付き合っているのは間違ってないんですけど……」

キラキラした目で私を見る凛ちゃんを見ると、否定はできなかった。

「あの、凛のお姉ちゃんなら、一緒に遊んだりできる?」

指先をもじもじとしながら凛ちゃんは話す。
神楽くんは、それを聞いて、「はぁ」とため息をついた。

「悪い。こいつも俺と似てるせいか引っ越してから友達できてないんだ。凛、お姉ちゃんを困らせるな」
「だって……」

少し考える。この子だって知らない土地に引っ越してきて、不安だったはずだ。友達作りが難しいのは私もよくわかる。そして、独りが寂しいということも。どうせ、七瀬さんたちが諦めるまで家には帰れないんだ。それなら。

「いいよ! お姉ちゃんと遊ぼう!」
「……やったー!! ランドセル置いてくる!」

彼女はまるで飛び跳ねるかのように駆け出して、神社の隣の家に入って行った。

神楽くんは心配そうな顔で見つめてくる。

「いいのか? あいつの遊びに付き合うの大変だぞ」
「はい。それに待ってるだけじゃ退屈ですからね」
「そうか。凛も喜ぶと思う。サンキュ」

彼はくしゃりと笑った。私もつられて笑ってしまう。
いつもの彼からは想像もできない、少年のような眩しい笑顔。

誰かとこうやって笑うのは、とても久しぶりのような気がした。

「あんたさ、笑ったらもっとかわいいね」
「……その言葉、そっくりそのまま返します」
「はぁ? どういうこと?」

心の奥が、じんわりとあたたかくなっていく。
こんな気持ちは、初めてだった。
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